『風、薫る』“直美”上坂樹里が選んだ“新しい女性の生き方” 病院を辞めた本当の理由

 NHK連続テレビ小説『風、薫る』第86話では、りん(見上愛)と直美(上坂樹里)が人生の岐路に立つ。先に一歩を踏み出したのは、直美だった。

 前回、生き別れた母・文(内田慈)を看取った直美。文は胃がんを患っていたが、貧しさゆえに医療にかかれず、直美の求めに応じて外科助教授の藤田(坂口涼太郎)が往診した時にはすでに手の施しようがない状態だった。同様のケースで、直美はかつて長屋で一緒に暮らしたトヨ(松金よね子)のことも看取っている。

 最後は2人とも穏やかに息を引き取ったが、直美としてはもっと早くに治療を受けられていれば、という思いが拭えなかったのだろう。その経験から、直美は貧しい人々のための「派出看護」ができないかと考え始める。藤田に言われた「治らない患者にも、病院に来られない患者にも、日々看護は必要だから」という言葉も後押しになったに違いない。

 しかし、内科教授・木村(前野朋哉)に相談すると、帝都医科大学附属病院で直美のやりたいことを実現するのは難しいだろうとの判断だった。現状、看護婦が派出されているのは、経済的に余裕がある中流階級以上の家庭。貧しい家庭に無償で医療や看護を提供する形は採算が取れないため、大学病院が担うには限界がある。

 早くも行き詰まった直美に、新たな道を示したのが捨松(多部未華子)だ。捨松は自分で派出看護専門の会を立ち上げてみてはどうかと提案し、すでにアメリカで実践されている例を紹介。看護婦の等級や患者の容態などに応じて段階的に看護費用を設定すれば、利益を確保しつつ、貧しい人々にも看護を届けられる組織をつくれるという。

 ここでのポイントは、捨松が提案という形を取っていること。時の陸軍卿・大山巌(高嶋政宏)を夫に持つ捨松の財力や人脈を持ってすれば、自ら派出看護の会を立ち上げることも不可能ではなかったはずだ。けれど、あえてそうせず、直美に託したのには理由がある。

 捨松は幼い頃に単身でアメリカに渡り、先進的な教育を受けたが、日本ではまだ女性が活躍できる場所はなかった。そのため、大山の力を借りて生活困窮者への支援や女子教育の発展に努めてきたが、世間から返ってくるのは「いいな、名士の奥様は」「金持ちの奥様なのに慈悲深いな」という反応ばかり。何をやっても“奥様”という肩書きが先行し、一人の人間として評価されないことに、捨松はもどかしさを抱いていたのだ。

 だからこそ、何の後ろ盾も持たない直美がやることに意味があると思ったのだろう。「直美さんがやることは、たとえ小さな歩みでも、新しい女の生き方につながります」と捨松に背中を押された直美は病院を退職し、派出看護の会を立ち上げることを決意する。外科と内科の看護婦取締を兼任する直美が辞めるのは、病院にとって相当な痛手だ。しかし、院長の多田(筒井道隆)は引き留めなかった。「大学病院は突き詰めれば、医学の研究、発展のための病院です。今の医学では救えぬ命を明日救うべく、進み続けねばならない。一方で、今の医学から貧しさゆえ溢れゆく命を救う者もいなければならない」と言い、「どちらの医も仁術なり。健闘を祈る」と直美を快く送り出す。

 保守的で、ときには冷酷な判断を下してきた多田だが、すべては医学の発展のためであり、彼なりの信念に基づく行動だった。幼なじみである用務員の万作(飯尾和樹)にスパイのような役目をさせていたのも、自らの目の行き届かないところで起きていることまで把握し、病院を守るためだったのかもしれない。直美の計画もすでに織り込み済みで、最後は派出看護に協力してくれそうな町医者のリストを渡した多田。その恩に報いるかのごとく、直美は看病婦たちに自分の後任になった看護婦への積極的な協力を願い出た。直美たちは幾度となく病院の幹部たちや看病婦とぶつかってきたが、その経験の一つひとつが彼女たちを成長させてくれたことは間違いない。りんに続いて直美も病院を去ることで、彼らの登場シーンも少なくなると思うと少し寂しいものだ。

 一方、新潟ではりんのもとを外科助手の黒川(平埜生成)が訪ねてくる。黒川は新潟にある実家の病院を継ぐため、すでに帝都医大病院を辞めていた。そんな黒川から自身の病院に看護婦取締として迎えたいと言われたりん。患者と関わることにトラウマを抱える彼女は自信がないとして断るが、黒川に「僕は君のような患者のために悩める人こそ、現場にいるべきだと思うがね」とまっすぐ告げられ、心が揺れる。そこに届いた直美からの手紙が追い風となり、りんも新たな一歩を踏み出せるといいのだが。

■放送情報
2026年度前期 NHK連続テレビ小説『風、薫る』
NHK総合にて、毎週月曜から金曜8:00~8:15放送/毎週月曜~金曜12:45~13:00再放送
NHK BSプレミアムにて、毎週月曜から金曜7:30~7:45放送/毎週土曜8:15~9:30再放送
NHK BS4Kにて、毎週月曜から金曜7:30~7:45放送/毎週土曜10:15~11:30再放送
出演:見上愛、上坂樹里
脚本:吉澤智子
原案:田中ひかる『明治のナイチンゲール 大関和物語』
制作統括:松園武大
プロデューサー:川口俊介
演出:佐々木善春、橋本万葉ほか
写真提供=NHK

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