上坂樹里、『風、薫る』見上愛との掛け合いで示した“演技力” “朝ドラ”重要回を担う役者に
NHK連続テレビ小説『風、薫る』は、明治という激動の時代を舞台に、りん(見上愛)と直美(上坂樹里)という2人のトレインドナースの歩みを描く物語だ。血縁関係のない2人の主人公を据えたダブルヒロイン作品として、連続テレビ小説史上初の試みに挑んでいることでも注目を集めてきた。物語は第15週「差し出せぬ手」に入り、看護という仕事の理想だけではなく、目の前の命に手を伸ばそうとするほど痛みも引き受けなければならない現実が、りんの前に重くのしかかっている。
中でも第74回は、りんと直美の関係を語る上で重要な回となった。担当患者の急変を前に、りんは手の震えが止まらず、その場に立ち尽くしてしまう。そんなりんに対して、直美は「患者にりんの事情は関係ない」と言い切り、看護婦を辞めるよう正面から告げた。寄り添うでも、励ますでもない。むしろ突き放すようにも聞こえる言葉だったが、それはりんを責めるためではなく、彼女がこのまま現場に立ち続ける危うさを、直美が誰より近くで感じ取っていたからこその一言だった。
直美を演じる上坂樹里は『Seventeen』の専属モデルオーディションに4度挑戦して合格するなど、地道に夢へ手を伸ばしてきた俳優だ。2022年に配信ドラマで初主演を務め、2023年にはNHK特集ドラマ『生理のおじさんとその娘』でヒロインに抜擢。思春期の揺らぎや、家族に向ける複雑な感情を繊細に表現し、強い印象を残した。同作で親子役を演じた原田泰造が、本作では直美の育ての親・吉江善作を演じているのも、上坂の歩みを思うと不思議な縁を感じさせる。
直美のモチーフは、明治期に近代看護の礎を築いた実在の人物・鈴木雅である。士族の娘に生まれ、夫を亡くしたことをきっかけに看護の道へ進み、のちに日本初の派出看護婦会を設立した先駆者だ。ドラマの直美は教会に捨てられた孤児という異なる生い立ちを与えられているが、時代や出自に縛られず、自らの力で居場所を切り拓いていく姿は、モデルとなった雅の生き方と地続きにあるようにも見える。
放送開始当初、直美は決してわかりやすく好感度の高いキャラクターではなかった。相方を演じる見上は、第1週・第2週の台本を読んだ時点では「なんてずる賢い子なんだろう」と感じていたと明かしていた(※)。教会で育ち、生きるために手段を選んでいられなかった直美は、りんのように真っすぐな善意だけで人と向き合える人物ではない。だが、そのしたたかさの奥には、簡単には人に頼れなかった過去や、素直になることを恐れる不器用さがあった。
直美を変えてきたのは、ほかでもないりんの存在だった。生きるために人を疑い、簡単には本心を見せなかった直美にとって、患者にも周囲の人にもまっすぐ向き合うりんの姿は、最初こそまぶしく、時に苛立たしいものでもあったはずだ。だが第23回で、ナイチンゲールの著書の翻訳に苦戦する直美たちに、りんが協力し合うことを提案したように、直美はりんと関わる中で、誰かを頼り、同じ目標に向かって進むことを少しずつ知っていく。第9週「看病婦とアメ」で、2人がフユ(猫背椿)の夫・康介(じろう)の看護を引き受けた頃には、直美はりんを看護婦としても信頼するようになっていった。上坂はそんな直美の変化を、りんとの関係の積み重ねの中で丁寧に見せてきた。
だが、第70回で担当患者である山本(本田大輔)の願いを叶えるために独断で病院の外へ連れ出した一件を境に、りんは取締の座を外れ、一看護婦として勤務することになる。患者を思う気持ちだけでは、現場の責任は背負えない。第74回で直美がりんに向けた厳しい言葉は、友人としての感情だけではなく、りんによって変えられてきた直美が、今度はりんを現実に引き戻すために放った言葉でもあったように思うのだ。
この場面での上坂の芝居が見事だった。声を荒げるわけでも、涙を見せるわけでもない。むしろ感情を抑えたまま、淡々と、しかし逃げ場のない言葉としてりんに突きつける。りんを甘やかさず、しかし見捨てもしない。実際、直美はこの日を迎える前、捨松(多部未華子)のもとをひそかに訪ね、りんの処遇について相談を持ちかけていた。突き放すような一言の裏側で、直美はりんの次の居場所まで考えているのは優しさだろう。
けれど、優しく励ますだけが、バディの役割ではない。必要な時に叱り、嫌われるかもしれない言葉を引き受け、それでも相手の隣に立ち続ける。直美は、りんにとってそういう存在になりつつあることが見えた週だった。りんにとっても、直美にとってもお互いをただの同僚ではなく、看護婦として進んでいくために必要な存在として受け止める転機になったのではないだろうか。だからこそ、これを乗り越えた先にある2人の関係は、これまで以上に強いものになっていくはずだ。
参照
※ https://www.steranet.jp/articles/115067
■放送情報
2026年度前期 NHK連続テレビ小説『風、薫る』
NHK総合にて、毎週月曜から金曜8:00~8:15放送/毎週月曜~金曜12:45~13:00再放送
NHK BSプレミアムにて、毎週月曜から金曜7:30~7:45放送/毎週土曜8:15~9:30再放送
NHK BS4Kにて、毎週月曜から金曜7:30~7:45放送/毎週土曜10:15~11:30再放送
出演:見上愛、上坂樹里
脚本:吉澤智子
原案:田中ひかる『明治のナイチンゲール 大関和物語』
制作統括:松園武大
プロデューサー:川口俊介
演出:佐々木善春、橋本万葉ほか
写真提供=NHK