『風、薫る』は“最後の看取り”をどう描いたか “トヨ”松金よね子との別れが示すもの
NHK連続テレビ小説『風、薫る』の第73話は、最期の看取り方、看取られ方を考えさせるような回となった。
りん(見上愛)が山本(本田大輔)との別れを引きずる日々を送る中、ある夜、りんと直美(上坂樹里)が暮らす家に、丸山(若林時英)が助けを求めてやってくる。長屋で暮らすトヨ(松金よね子)が倒れてしまったと言う。すぐに向かおうとする直美をりんは呼び止め、「私も行く」と告げた。りんは今、脈をとるにも手が震えてしまう状況。患者に向き合うのも辛いはずということがわかっている直美は心配そうな表情を浮かべるが、りんの意志を尊重した。
2人が長屋へ到着すると、トヨはぐったりとしていたが直美を見ると穏やかに微笑んだ。かなり弱っているようで、言葉も少ない。直美はトヨのおでこを触って熱があるかをみて、脈をとり、湿らせた布で口元を濡らしてやった。トヨが水を求めるように布に吸い付く仕草がリアルだ。トヨのもとに集まった長屋の住人たちの行動にも個性が出ている。キク(広岡由里子)はトヨを安心させるように声をかけてやり、嘉平(春海四方)は泣きそうな顔をしながらも絶対にそばを離れず、丸山は直美のサポートに徹し、トヨの足を揉むなどしていた。
やれることは少ないが、それぞれにとにかくトヨにしてやることをして見守る中、トヨは駆けつけた直美の手を握りながら「直美ちゃん、いい人に出会ったねえ……」と呟いて静かに息を引き取った。
直美の「東京のお母さん」を自称するほど、気にかけてくれたトヨの最期を看取った直美は、「何もできなかった」と悔やみ、トヨの体調不良にもっと早くから気がついて病院にかかっていればもっと生きられたのではないかと言いながら涙を堪える。だが、一方で長屋の住人たちはトヨの口癖を真似ながら「住み慣れた“しみったれ長屋”でみんなに見守られながらあの世に行けたんだ」と納得しようとしている。直美だってその気持ちがわからないわけでもない。でも直美はトレインドナースである。病院にすぐ頼れる立場で働いていて、知識もあるからこそ、もっとできたことがあるのではないかと思ってしまうのだろう。
そんな、ナースとしての正しさと人としての正しさの間で揺れ動いて、悪循環に陥っているのがりんだ。トヨの看病には行ったものの、苦しむ彼女の姿に身体の方が反応して過呼吸のようになってしまっていた。ナースとして患者には向き合いたい。だけどいざ、向き合おうとすると複雑な思いがこみあげてきて、臆病になってしまう生身の自分がいる。りんはその2つの“人格”を自覚し、その上でどう折り合いをつければいいかわからなくなっているようだった。
第15週のタイトルは「差し出せぬ手」。りんは山本の件がきっかけで、自分の“手”に何ができるのかを考えているが、実はその答えを知っているのは直美なのではなかろうか。その手は、霊山へ旅立つトヨのような人の手を握って安心させることができるし、包帯を巻く練習台になりながら、暗闇の中でもがくりんに寄り添ってもくれる。りんと同じタイミングで思い入れのある人の最期を看取った経験をした直美の手と言葉には、温かさと力強さを感じた。
さらに、直美は看護科の授業を受け持ち、最近関わりが増えている黒川(平埜生成)と話し、用務員の万作(飯尾和樹)が院長の多田(筒井道隆)と繋がっているという噂を耳にする。ナースと患者の関係、病院での人間関係、そして組織の闇。今、『風、薫る』では、上質な見応えある、“お仕事ドラマ”が展開されている。
■放送情報
2026年度前期 NHK連続テレビ小説『風、薫る』
NHK総合にて、毎週月曜から金曜8:00~8:15放送/毎週月曜~金曜12:45~13:00再放送
NHK BSプレミアムにて、毎週月曜から金曜7:30~7:45放送/毎週土曜8:15~9:30再放送
NHK BS4Kにて、毎週月曜から金曜7:30~7:45放送/毎週土曜10:15~11:30再放送
出演:見上愛、上坂樹里
脚本:吉澤智子
原案:田中ひかる『明治のナイチンゲール 大関和物語』
制作統括:松園武大
プロデューサー:川口俊介
演出:佐々木善春、橋本万葉ほか
写真提供=NHK