『風、薫る』“りん”見上愛が直面したトラウマ 美しい夫婦愛の裏で幕を開けた衝撃展開

 一瞬だけ咲き誇り、儚く散っていく。NHK連続テレビ小説『風、薫る』第15週「差し出せぬ手」第71話では、りん(見上愛)が担当する患者・山本(本田大輔)の命が花火のように消えていった。

 妻・テイ(伊勢佳世)の希望で2度目の手術を受けるも、がんが大腸以外に転移し、日に日に弱っていく山本。主治医の今井(古川雄大)からは「今帰宅したら命の保証はできない」と言われていたが、りんは本人に懇願されて、ついに脱走を手助けしてしまう。

 息も絶え絶えに自宅にたどり着いた山本は、驚くテイに「牛鍋食いたくて出てきた」と告げた。「あぁ、うまかった。仕方ないから、お前の分まで食べてきて腹いっぱいだ」とも。もちろん、ぜんぶ嘘だ。手術が終わってから、山本はほぼ食事を摂れない状態だったのだから。山本が命を賭けてまで病院を抜け出した目的はただ一つ、自分に手術を受けさせたことを後悔しているテイに「手術してよかった。お前のおかげだ」と告げるため。でも、それを悟られてしまったら、もし自分が死んでしまった時に余計テイに自責の念を抱かせてしまう。だから、一世一代の嘘をつき、小芝居まで打ったのだ。

 目的を果たせて安心したのか、そのあとは少しだけテイと2人きりで話して眠りについてしまった。だが、突然むくりと起きて、りんに「風邪っぽいな。やっぱり病院に戻って先生に診てもらえないかね?」と頼む。テイは病院まで付き添おうとしたが、断った。玄関先で山本は「またな」と笑顔で告げ、テイも「また」と応じる。それが夫婦の最後の会話になってしまった。

 おそらく、山本はもうすぐ自分の命が消えることを分かっていたのではないだろうか。目の前で自分が死んだら、テイが取り乱すだろうと思ったから、その前に退散することを選んだ。結果的に山本は病室にたどり着く直前で力尽きた。すでに山本が病室にいないことに気づいていた外科助手の黒川(平埜生成)と直美(上坂樹里)が駆けつけ、その場で死亡が確認される。

 「いっそこのまま、あんたと逝っちまうのも悪くないけどね」というテイの言葉に、山本が「いや、俺はごめんだな」と返したのも、すべては愛。自分が亡き後も、愛する人には笑顔で生きていってほしい。その愛ゆえに、彼は最後の最後まで大ぼら吹きを貫いた。

 美しい夫婦愛に一視聴者としては感動したが、この出来事はりんにある種のトラウマを植え付けたようだ。黒川と直美によって山本の死亡が確認されている隣で、茫然自失と浅くて速い呼吸をするりんの姿が、見上愛の迫真の演技とともに頭にこびりついている。翌日も憔悴しきった様子で、駆けつけたテイにただただ頭を下げることしかできないりん。今井は「ご主人はいつ急変してもおかしくない病状でした」と説明したが、りんやテイからしてみれば、「もし自宅に帰らなかったら」と想像せずにはいられないだろう。

 しかし、りんの判断は果たして間違っていたのだろうか。山本とテイは一緒に牛鍋を食べる約束こそ叶えられなかったが、最後に夫婦水入らずの時間を過ごすことができた。何より、山本はほんの一瞬だったかもしれないけれど、自分らしい輝きを放つことができたのだ。病気にいろいろなものが奪われたまま、最期を迎えていたら、本人はきっと浮かばれなかっただろう。りんは山本の尊厳を守ったのであり、その点では正しいことをしたと言える。山本が生き絶える瞬間、言いかけた「助け……」に続く言葉も、きっと「(助け)てくれてありがとう」なのではないだろうか。

 一方で、テイは「口なんかきけなくてもいいんです。寝てるだけでもいい」と1日でも長く山本に生きてほしいと願っていた。そう考えると、山本があの状態で自宅に帰ったのは明らかに命を縮める行為であり、それを手助けしたりんは間違っていたとも言える。しかし、当時はまだ患者の自己決定権についての議論は為されておらず、ましてや緩和ケアという概念すらも存在していなかった時代。主治医に相談もなく勝手な行動をしたのは褒められることではないが、りんの選択を単純に正しいか間違っているかで判断することはできないのではないか。

 月曜の放送から衝撃展開で幕を開けた第15週。りんの父・信右衛門(北村一輝)がコレラに罹患し、亡くなった第1週同様に今週はシリアスな展開が続きそうだ。

■放送情報
2026年度前期 NHK連続テレビ小説『風、薫る』
NHK総合にて、毎週月曜から金曜8:00~8:15放送/毎週月曜~金曜12:45~13:00再放送
NHK BSプレミアムにて、毎週月曜から金曜7:30~7:45放送/毎週土曜8:15~9:30再放送
NHK BS4Kにて、毎週月曜から金曜7:30~7:45放送/毎週土曜10:15~11:30再放送
出演:見上愛、上坂樹里
脚本:吉澤智子
原案:田中ひかる『明治のナイチンゲール 大関和物語』
制作統括:松園武大
プロデューサー:川口俊介
演出:佐々木善春、橋本万葉ほか
写真提供=NHK

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