『風、薫る』問われる“他人のための嘘”の正しさ 本田大輔の言葉が見上愛を揺るがせる
NHK連続テレビ小説『風、薫る』第69話では、第14週「ウソと誠」というタイトルが、改めて意味を持ってくる。これまで嘘をつき続けてきた山本(本田大輔)に対し、今度はりん(見上愛)が“嘘”をつくことになるのだ。それは悪意のある嘘ではなく、患者を安心させようとして出た言葉だった。だが、山本に「一ノ瀬さんもつけるんだな、嘘」と見抜かれたとき、りんの中で看護婦としての誠実さが揺らぐことになる。患者を守るために本当のことを隠すことは、優しさなのか。それとも、患者が自分の時間と向き合う機会を奪ってしまうことなのか。山本とのやり取りは、りんにまたひとつ難しい問いを突きつける。
団子屋で久しぶりに顔を合わせたりんとシマケン(佐野晶哉)。りんは、直美(上坂樹里)からトンビを受け取ったことへの感謝を伝えながら、自分は大事なときに間違えてばかりだと病院での出来事を明かす。そんなりんに、シマケンは好きな仕事に専念できるようになってよかったじゃないかと返す。慰め方としては少し不器用だが、看護婦について明るく楽しそうに話すりんが好きだとこぼすところに、彼の本音がある。
一方のシマケンも、書評の仕事は順調だという。ただ、それが本当に書きたいものなのかといえば、話は別だろう。好きなものの近くにはいるが、まだ自分の物語を書けているわけではない。そんなシマケンに、りんは「シマケンさんは私のトンビですね」と言う。落ち込んだときに、少しだけ目線を上げさせてくれる存在。2人の距離は、相変わらずゆっくりと近づいている。
病院では、直美と小川(甲斐翔真)の関係にも変化が見えた。陣内(細川岳)がすでに退院したことを知った小川は、直美と団子を食べることになる。最初は合わなさそうにも見えた2人だが、小川が直美について「優しいのも」と口にしたとき、直美の表情が少しほころぶ。人からまっすぐに優しさを指摘されることに慣れていない直美だからこそ、その一言は思いのほか効いたのかもしれない。
小川は「また大家さんに会いに来ます」と言うが、そこでりんが「お邪魔です」と一言。なかなか容赦がない。けれど、小川も簡単には折れない。どうすればいいのかと尋ねる小川に、直美は「友人になりましょう」と告げる。恋愛に進むわけでも、遠ざけるわけでもない。まずは友人。直美らしい距離の取り方であり、同時に人との関係を少しずつ受け入れ始めているようにも見える。
そんな柔らかなやりとりとは対照的に、手術は成功し、一度は退院することになった山本だったが、がんの再発が疑われ、再び入院することになる。しかも、本人には自分ががんに侵されていることは知らされていない。
山本は、花火の日には夫婦で牛鍋を食べるのだとりんに話すが、手術のタイミングによっては、今年はそれが叶わないかもしれない。今回も夫婦で特別な日を過ごしたい。いつも本当のことを言わない山本だが、この願いだけは本当だった。妻のテイ(伊勢佳世)にとっても、それは大切な時間なのだろう。
手術は成功したものの、思いのほかがんは広がっていた。目を覚ました山本は、自分の体に何が起きているのか、どこかで察していたのだろう。「広がってるんですか」と問われたりんは、それでも「いいえ」と答える。患者を安心させるための言葉だったのかもしれない。だが、山本はその嘘を見抜いていた。
「一ノ瀬さんもつけるんだな、嘘」。そう言われたりんは、そのまま部屋を出ていってしまう。これまで山本は嘘をつく側の人間として描かれてきた。だが、ここで嘘をついたのはりんのほうである。患者を守るためについた嘘なのか。それとも、患者が本当のことを知る機会を奪ってしまった嘘なのか。言い方は少し厳しくなるが、りんはここで、自分の優しさだけではどうにもならない現実にぶつかったことになる。
看護婦として患者のそばにいるということは、何でも本当のことを言えばいいという話ではない。けれど、何も知らせないまま安心させることが、必ずしも患者のためになるとも限らない。夫婦で牛鍋を食べたいという山本の願いが本当だったからこそ、その時間をどう守るのか、りんはさらに難しい判断を迫られていく。
シマケンは、看護婦について楽しそうに話すりんが好きだと言った。確かに、りんが看護に向き合う姿にはまっすぐな明るさがある。だが、現場で彼女を待っているのは、その明るさだけでは越えられない場面ばかりだ。山本のの一言は、患者のためを思うことと、患者に誠実であることの難しさを、りんに突きつけていた。
■放送情報
2026年度前期 NHK連続テレビ小説『風、薫る』
NHK総合にて、毎週月曜から金曜8:00~8:15放送/毎週月曜~金曜12:45~13:00再放送
NHK BSプレミアムにて、毎週月曜から金曜7:30~7:45放送/毎週土曜8:15~9:30再放送
NHK BS4Kにて、毎週月曜から金曜7:30~7:45放送/毎週土曜10:15~11:30再放送
出演:見上愛、上坂樹里
脚本:吉澤智子
原案:田中ひかる『明治のナイチンゲール 大関和物語』
制作統括:松園武大
プロデューサー:川口俊介
演出:佐々木善春、橋本万葉ほか
写真提供=NHK