ニコラス・ケイジが神がかった演技を披露 『スパイダー・ノワール』が積み上げる歴史の厚み

 このドラマシリーズの背景にはフィルム・ノワールと原作があり、さらにその前史には古典的な探偵コミックも存在していたわけだが、ここには現代の映画産業に対する皮肉さも垣間見える。現在では勢いを失いつつあるアメコミヒーロー映画だが、それが世界中の劇場を席巻していた絶頂期、ハリウッドの盛り上がりの裏で、一部の実力派俳優たちが戸惑いを見せていたという話は少なくない。

 合成用のグリーンバックの前で、コスチュームに身を包んで演技をする……巨額のギャラは保証されるものの、本音ではもっと大人の雰囲気を持った、従来の価値観が発揮される映画に出たいという願望を表明する者もいた。しかし、そんなヒーローものである本シリーズの演出の基盤となったフィルム・ノワールは、現在のハリウッドにおいてさえ、“大人の映画”どころか、ほとんど絶滅しかけたクラシカルな遺物である。近年では、往年のノワールの要素を現代的に再解釈した「ネオ・ノワール」と呼ばれるジャンルがその命脈を保っている。

 そこでは『レミニセンス』(2021年)のように、近未来SFとの折衷を試みる作品も登場している。その意味では、アメコミヒーローものとの折衷である本シリーズもまた「ネオ・ノワール」に位置づけられるわけだが、かつて一部の映画人から“大人の映画を滅ぼすジャンル”として眉をひそめられていたヒーロー映画の大資本のシステムから、それが生み出されたという事実には、ある種感慨深いものがある。

 原作『スパイダーマン・ノワール』が人気を得たのは、ヒーローの設定とノワールの世界観の要素が、他の作品よりもバランス良く配分されていたことが大きかったと考えられる。とはいえ本シリーズでは、たとえば電撃の能力を持つ、あるキャラクターの身体に電気が宿るという描写が、通常のヒーロー映画と大差がないCGによって表現されていたように、クラシカルな“ルック”が徹底されているとは言い難い点もある。全体的な見た目はフィルム・ノワールそのものなのだが、ここで1940年代の映画であればどのように電撃を表現したのかという点を模索しなかった不徹底さが、本シリーズのクラシカル指向が表面的なところにとどまっていることを露呈させてしまっているようにも感じられる。ニコラス・ケイジの神がかった演技に、演出がやや追いついていないことが分かる部分だろう。

 だが、「力がなければ責任は伴わない」という、スパイダーマン作品において有名な「大いなる力には、大いなる責任が伴う」を後ろ向きにしたようなキーフレーズが出てくるところは面白い。本家スパイダーマンの格言が、本質的に強者の倫理を示すものだったのに対し、本シリーズはその真逆、弱者による実存をかけた責任を問いかけているところがある。“自分には世界を変えるような大いなる力なんてない、持っていたとしてもそんなものは手放したい”といったベン・ライリーの認識は、一見すると謙虚で妥当なようにも思える。しかしそんなベンの姿を通して本シリーズは、経済が崩壊した社会の無力感を言い訳に、目の前の不正や腐敗に対して沈黙し、魂を売り渡す行為を強烈に告発しているのではないか。

 それは、エピソード7の劇中、バーのカウンターに打ち沈むベンの目の前で、金のために不正選挙に手を貸した男たちの態度にも象徴されている。この男たちの態度は、力を持ちながら何もしようとしないベンの姿そのものでもある。そんな彼らを打ち倒していく、ややヒーローとしては暴走気味だが爽快なシーンは、まさにベンがそうした無力感を乗り越えて社会への義務を果たすための闘いに復帰することを意味している。このシークエンスこそが、本シリーズの真のクライマックスだといえるだろう。

 また本シリーズでは、第一次世界大戦の記憶とトラウマも、悪夢のような幻想シーンを含めて語られる。この戦争は、軍需産業によって経済的にアメリカを大きく潤し、「狂騒の20年代」と言われる世紀の好景気につながっていくことになる。しかし果たして、そんな血塗られた現実を礎とした富は、真の幸福をもたらしたといえるのだろうか。ベンは従軍したことでスパイダーの能力を得て、後に恋人を失い希望を捨てることになる。それは、第一次大戦でアメリカが得た経済的パワーと、1930年代の恐慌がそれを打ち崩し、国民自体が道を見失ったことが象徴されているのだと思えるのである。

 劇中で金のために不正選挙に手を貸す男たちに象徴される、倫理や誇りや責任などという、社会をかたちづくるはずの民衆の“魂”が目先の利益のために売り渡されてしまうという状況は、現代の疲弊した社会にも至るところで目にすることができるものだ。それを思えば、そんな現実に酷似する社会にかろうじて踏みとどまろうとする、スパイダーことヒーローの姿は、同じように沈みゆく社会に生きる、われわれの心のなかに潜んでいる“良心”のかたちだともいえるのではないだろうか。だからこそ、劇中のスパイダーの活躍に、われわれは心を震わせることができるのかもしれない。

参照
※ https://www.hollywoodreporter.com/tv/tv-news/nicolas-cage-spider-noir-bogart-spider-man-1236596031/

■配信情報
Prime Originalドラマ『スパイダー・ノワール』
Prime Videoにて配信中
出演:ニコラス・ケイジ、ラモーン・モリス、リー・ジュン・リー、カレン・ロドリゲス、エイブラハム・ポプーラ、ジャック・ヒューストン、ブレンダン・グリーソン
監督:ハリー・ブラッドビア、ンジンガ・スチュワート、アレシア・ジョーンズ、グレッグ・ヤイタネス
共同ショーランナー:オーレン・ウジエル、スティーヴ・ライトフット
製作総指揮:ハリー・ブラッドビア、オーレン・ウジエル、スティーヴ・ライトフット、フィル・ロード、クリストファー・ミラー、エイミー・パスカル、アディティア・スード、ダン・シア
開発:オーレン・ウジエル
©Amazon Content Services LLC
作品ページ:https://www.amazon.co.jp/dp/B0GHR9BR1N

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