増田セバスチャンが語る「KAWAII」の真髄 次世代へ受け継がれる遺伝子と想像力という武器

 1990年代から原宿を拠点に「KAWAII」文化の旗手として走り続け、きゃりーぱみゅぱみゅのMVの美術やファッションブランド「6%DOKIDOKI」のプロデュースなど、多岐にわたる活動で世界中にファンを持つ増田セバスチャン。現在は、日生劇場で再演中のミュージカル『チャーリーとチョコレート工場』日本版で再びアートディレクションを務めているほか、ハイパーミュージアム飯能(埼玉県飯能市)では、彼のアート活動の集大成ともいえる大規模展『KAWAIITOPIA -GO TO HEAVEN (HELL)-』が開催中だ。

 かつて「アートではない」と否定された苦い経験を経て、なぜ彼は今、再び「アート」という純化された表現に立ち返ったのか。最新個展に込められた「天国と地獄」のメッセージから、ニューヨーク拠点の活動で見えた「KAWAII」の哲学的な本質、そして次世代へと受け継がれる表現の遺伝子まで、じっくりと話を聞いた。「想像力は自分を変える手段」と語る彼が、混迷を極める現代社会の先に描き出そうとしている未来の景色とは。

想像力は自分を変える手段であり、未来を変えること

――コンセプトレストランや複合エンターテインメント施設のプロデュース、さらには5年ぶりの大規模個展の開催やミュージカルのアートディレクションなど、ここへ来てさらに活動の幅を広げている印象があります。

増田セバスチャン(以下、増田):もともと自分は、ジャンルにとらわれない活動が多いんですけど、大きく言うと、アート、ファッション、エンターテインメントの3つがあって。その領域を横断しているのが、最近の活動になるんじゃないかと思います。というのも、ひと昔前は、アートだったらアートだけをやっている人、ファッションだったらファッションだけをやっている人じゃないと、なかなか評価されにくいところがあったじゃないですか。でも今は、時代が変わってきて、大谷翔平じゃないけど、これもやってあれもやって、その全部が評価できるみたいな感じになっている。そういう中で、自分もちょっと翼が生えてきたようなところがあって……。

――どういうことでしょう?

増田:それまでは、アートを作るときは、アートのフォーマットの中で何かをやろうとしたり、ファッションだったらファッションのフォーマットの中でやろうとしていたんです。だけど今はもう、そういうことはあまり考えなくなっていて。自分のメッセージを、どの手段を使って、どう表現しようかってことしか考えていないんです。どんな形で表現しようとも、自分のメッセージはひとつなので。

――そのメッセージというのは?

増田:「KAWAII」っていうのは、もう根幹にあるとして……いちばん言いたいのは「想像力は自分を変える手段であり、未来を変えることなんだ」ということです。想像力があれば、相手のことを考えることだってできるのに、それがないがゆえにお互いがケンカしたり、それこそ戦争が起きたりする。そもそも今の時代って、みんな考えることを、あまりしなくなっている気がするんです。今はインターネットという便利なものがあるから、何でもすぐに情報を取ることができるけど、それって考えることとは、ちょっと違うと思っていて……。

――というと?

増田:ひと昔前は、情報ひとつ取るために、結構寄り道をしなきゃいけなかったじゃないですか。あることを知るためには、その前に別のことも知らなきゃいけないとか、この本を読むなら、その前にこの本を読んでおいたほうがいいみたいな。そうやって、いろいろと寄り道をしなきゃいけなかった。その寄り道っていうのが、実は意外と重要なんですよね。ものを考えるというプロセスは、そうやっていくつも寄り道を重ねることだから。想像力も、それと同じことだと思うんです。

――先ほど、アート、ファッション、エンタメという話がありましたが、その中でアートは、増田さんの中で、どのような位置づけになるのでしょう?

増田:そもそものところからお話しすると……もともと自分がアーティストになりたいと思ったのは、20歳くらいの頃に「この時代を変える、この社会を変えたい」と思ったからなんです。なぜそう思ったかというと、大人たちが考える未来が嫌だったから。その未来を生きるのは、当時若者だった自分たちなのに、あんまり行きたいとは思えない未来だったんです。というのも、90年代前半って「やがて機械が人間を侵食する」みたいなテーマがすごく流行っていて。世の中はやがて0と1の世界になっていくとか、ある種のディストピアみたいな灰色の未来像ばっかりだった。それに対するアンチテーゼというか、反抗心みたいなものがすごくあって……そのためには、アーティストになるしかないっていう。

――なるほど。

増田:で、寺山修司が好きだったから、最初は演劇の世界に入って、そのあと、そこで知り合った現代美術の人のお手伝いみたいなことをするようになって……23歳のとき、初めて自分のアート作品を発表したんです。それがどんな作品だったかというと、生クリームを1トン使った巨大なケーキを作って、その上に女の子を乗せて。その一方で、お菓子のエンジンで走る車を作って、そのケーキにバーンと突っ込ませるっていう。クラブイベントの中で、そういう10分ぐらいのパフォーマンス作品を発表して……。

――その時点から、すでに今の増田さんの作品に通じるものがあるような(笑)。

増田:そうかもしれない(笑)。というか、自分にとっての「KAWAII」は、当時からそういうものだったんですよね。ただ、それを発表したら、アート界の人たちから、めちゃめちゃ批判されたんです。こんなのはアートじゃないって。で、自分も23歳の若造だったから、そこで一度、心が折れてしまったんです。やっぱりアートは向いてないのかなって。で、昔から好きで通っていた原宿に戻って、自分の作品を置いたり、友達の作品を置いたりするお店を始めました。それが「6%DOKIDOKI」です。

――ということは、それが1995年ぐらい?

増田:そうですね。まあ、お店と言っても、最初はアパートの一室を借りて、無理やり店だって言い張っているような感じのところだったんですけど、それを面白いと感じてくれる人が徐々に増えていって。他の店では絶対売ってないものが並んでいたから。で、90年代後半は原宿の歩行者天国に面白いファッションの人たちがウロウロしてて、だんだんファッションの人たちが店にも集まるようになって、「こういうのを作ってくれたら買うんだけど」とか、その人たちのリクエストに応えているうちに、今のようなスタイルになっていったという。だから、最初から今のような感じだったわけではなく、お店に来てくれる人たちと、お互い刺激し合いながら、作り上げていったものなんです。

――自分の「好き」とお客さんの「好き」が合わさって、今のようなスタイルになっていった?

増田:そうです。で、そこから20年経って、きゃりー(ぱみゅぱみゅ)がお客さんの中から出てきて、きゃりーと一緒にいろいろやっていく中で、どんどん活動の場が広がっていったんですけど、ある時期から「ちょっと消費されているな」と思うようになって。それこそ「KAWAIIをつければ何でも売れるんでしょ?」みたいなことを言ってくる人がいたりして。で、それは違うというか、そのときはもう大人でしたけど、それは大人に迎合することであって、自分にはメッセージがあったはずだと思って。それでもう一回、それをアートで表現したいと思うようになったんです。ファッションとかエンタメの世界って、どうしてもクライアントがいて、予算があって……みたいな話になるじゃないですか。そうではないアートという領域ならば、自分のメッセージを、もっと純化した形で表現できるんじゃないかっていう。それで2013年からもう一回、コマーシャルな活動とは別に、自分のアート作品を制作して発表するようになったんです。

増田セバスチャンの“KAWAII”を追体験 展覧会『KAWAIITOPIA -GO TO HEAVEN(HELL)-』開幕

埼玉県飯能市の北欧ライフスタイル体験施設「メッツァビレッジ」内の現代美術館「HYPER MUSEUM HANNO(ハイパーミュー…

――現在、ハイパーミュージアム飯能で開催中の大規模個展「KAWAIITOPIA -GO TO HEAVEN(HELL)-」は、そんな増田さんのアート作品の集大成的な意味合いもあるように思いますが、ご自身としては、どんなテーマの展覧会にしたいと思っていたのでしょう?

増田:「KAWAII」というものが、今のようにある程度広く知られるようになって――今や表面的ではないところで、世界中に広がっているじゃないですか。そういう中で、コロナ禍が終わって、新しい時代が来た。これは、展覧会のステイトメントにも書いたことですが、そういう新しい時代の中で、どう生きていくのかって、まだよくわからないじゃないですか。「天国(ヘブン)」に向かっていると信じたいけど、実は「地獄(ヘル)」に向かっている可能性だってあるわけで。でも我々は、ここで生きなきゃいけないし、どうせ生きるならば「桃源郷(ユートピア)」を目指したい。そのひとつの価値観として「KAWAII」があるんじゃないかっていうのが、今回の個展の問い掛けでありテーマなんです。

――今回の展示は、増田さんの原体験を辿る「7つのKAWAII天国(地獄)巡り」――葛藤の先でKAWAIIの核心に遭遇する没入体験が、ひとつのコンセプトになっています。

増田:結局、自分の原体験みたいなものがあって、それで自分のような人間が作られて、こういうものが生まれてきた。そういう作品を通した「自分史」みたいなものを、みなさんに追体験してもらうことによって、何か発見が得られるんじゃないかなって思っていて。まあ、もともと白い壁に作品を飾るのが嫌だっていうのもあるんですけど(笑)。

――(笑)。ちなみに、ハイパーミュージアムの館長である後藤繁雄さんは、「この展覧会によって、現代美術の中にKAWAIIを再定義したい」とおっしゃっていましたが……。

増田:うん、そういう狙いもあるんだと思います。というのも、これまでの日本の現代アートって、西洋の文脈の中に、どう接続するかでしか評価できなかったんです。アンディ・ウォーホル以降の流れの中で、どう位置づけられるのかってことでしか評価できなかった。だけど、そこから時代が進んでいって、西洋ではないアジアから「KAWAII」という新しい価値観が出てきてしまったわけです。そうすると、旧態依然としたアートの人たちは、都合が悪いんですよ。なぜなら、それまでの文脈では語ることができないから。

――なるほど。

増田:「KAWAII」をきっかけに、そういった東洋の流れみたいなものが出てきているように思うんです。それこそ30年ぐらい前は、アニメの雰囲気をもったアート作品は、アートじゃないって言われていて。ただ、後藤さんも言っていましたけど、アニメとか漫画とか、日本が作ってきたものっていうのは、もはや世界共通の記憶として、みんなの共通風景になっているわけです。それを無視することは、もはやできないと思うんですよね。

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