『ばけばけ』は間違いなく“スバラシイ” 脚本・ふじきみつ彦が挑み続けた“なにげない日常”

 命の儚さ、誰にでも訪れる命の終わりや別れというものをヘブンは淡々と捉え、自分が死んでも泣かずに笑って子どもたちと遊ぶようにとトキに言い残す。ヘブンは熊本にふいに行くときも「それが人生」的な乾いたことを言っていた。ヘブンは日本に帰化するまで長いこと流浪の人で自身を「通りすがり」と言っていたくらいだから、人生に過剰な夢や希望を持っていなかっただろう。「さみしい」ものが好きで、寺に惹かれていたことからも、人は皆必ず死ぬという死生観を持っていたと考えられる。そんな彼の唯一の憩いがトキだったのだ。

 難しいことを考えず、いつも笑っていられて、怪談の楽しみを共有できた人。その彼女の肩に頭をもたせかけて、眠るように亡くなったヘブン。それまでずっとヘブンが執筆で遅くまで起きていて、トキがお先に休んできたのに、ヘブンは「失礼ながらお先にやすませていただきます」とたぶんはじめて言ったのではないだろうか。「失礼なことありません」とトキはやさしく受け止める。この会話が筆者は一番泣けた。死という言葉を使わずに、日常のような、でも日常とちょっと違うふたりだけがわかる、別れのいたわりの言葉。

 そして亡くなったヘブンは虫(蚊)になって最終回、トキのもとを訪れるのだ。トキとヘブンの心が通じるきっかけも蚊帳であった。

 ヘブンが亡くなった第122話は、この感動シーンだけでなくなにげない日常シーンも凝っていた。花田旅館の平太(生瀬勝久)は達者だろうかと思い出すヘブンとトキ、ふたりの前に座ったフミ(池脇千鶴)と司之介(岡部たかし)も平太の話をしだす。でも4人は一緒に話さない。2組の会話は平太を分岐点に列車のジャンクションのように枝分かれする。並んで走る列車が次第に離れていくように2組の会話は続く。

 日常ではこんなふうにあっちとこっちで別の話をしていることがあるものだが、ドラマや映画ではそういう描写はあまり描かれない。それぞれの台詞が聞きづらいし、焦点がぼけるからだろう。近年、舞台ではこういう表現がよくあるのだが、これを朝ドラでやったことこそ、なにげない日常を描くことの最たる挑戦だったのではないか。なにげない日常――食卓などで交わされるたわいない話そのものではなく、それが交わされる現象を描く。スキップもオノマトペも言い間違いも、他者から見てどうでもいいことが、本人たちには楽しい。一寸の虫ならぬ一瞬の「タッタタッタ」(スキップ)にも五分の魂。小さくてあっけないけれど、とても貴重なこと。これがヘブン的な言い方で言えば「スバラシイ」。

■放送情報
2025年度後期 NHK連続テレビ小説『ばけばけ』
NHK総合にて、毎週月曜から金曜8:00〜8:15放送/毎週月曜〜金曜12:45〜13:00再放送
NHK BSプレミアムにて、毎週月曜から金曜7:30〜7:45放送/毎週土曜8:15〜9:30再放送
NHK BS4Kにて、毎週月曜から金曜7:30〜7:45放送/毎週土曜10:15~11:30再放送
出演:髙石あかり、トミー・バストウ、吉沢亮、岡部たかし、池脇千鶴、小日向文世、寛一郎、円井わん、さとうほなみ、佐野史郎、北川景子、シャーロット・ケイト・フォックス
作:ふじきみつ彦
音楽:牛尾憲輔
主題歌:ハンバート ハンバート「笑ったり転んだり」
制作統括:橋爪國臣
プロデューサー:田島彰洋、鈴木航、田中陽児、川野秀昭
演出:村橋直樹、泉並敬眞、松岡一史
写真提供=NHK

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