『センチメンタル・バリュー』謎めいた要素を解説 建築と映画に刻まれた家族の記憶と歴史

 一方、主演俳優に断られてしまったグスタフは、フランスのノルマンディー海岸に面した街で開かれるドーヴィル・アメリカ映画祭での、自身の回顧上映イベントに参加。そこで、エル・ファニングが演じるアメリカの有名俳優レイチェルと出会うこととなる。グスタフの過去作はレイチェルの感性を射抜き、彼女から積極的にグスタフに接近しようとする。

 一部のファン以外には“終わった監督”として扱われるグスタフと、上り調子で人気絶頂の俳優。社会的には格差がある2人だが、その間には映画人同士が通じるリスペクトがある。そこには恋愛にも似た、やや妖しい精神的な繋がりも醸し出される。無論、レイチェルの側は意識していないのだろうが、グスタフが娘のための役を彼女にオファーするのは、当然の成り行きだった。

 売れっ子レイチェルの主演映画ということで、資金面での不安はなくなった。トントン拍子に企画は進んでいくのだが、感性の鋭いレイチェルは、自分の役柄が明らかにノーラのためのものでしかないことに気づかされていく。そもそもグスタフの作家性とは、親しいスタッフや家族とともに、自身のルーツや身の回りのことを丁寧に、嘘がなく描くことに意味があることが示唆される。つまりは、「センチメンタル・バリュー(感傷的な価値)」が重要なのだ。まさにノーラが子どもの頃に、自分たちの家を“擬人化”した作文を書いたように。そう思えば、レイチェルが“北欧訛りの英語”で役柄を演じるなどというのは、グスタフとしては魂を売り渡しているのと同義ではないか。

 レイチェルがプロフェッショナルとして、プライドを捨てて自分がミスキャストだと伝える場面は悲痛だ。彼女はグスタフの映画の魅力を本当に理解し、「センチメンタル・バリュー」の重要性を知るに至ったからこそ、自傷的ともいえる離脱を決断する。そこに、ヨアキム・トリアーがルーツを持つデンマーク創業の誇りあるブランド「Louis Poulsen(ルイスポールセン)」の照明が大きく映っているのも示唆的だ。

 そもそも、グスタフやノーラたち家族、そして前の世代も住んでいた家そのものも、ノルウェーの歴史を象徴するものだ。建築の装飾は、血生臭いバイキング時代の意匠をとり入れた「ドラゲスティル(ドラゴン様式)」と呼ばれるもので、これは19世紀末から20世紀初頭にかけてノルウェーで流行した建築スタイルなのだという。そこには一族の楽しい記憶とともに、グスタフの母の自殺や、死を選んだ一因になったかもしれない、レジスタンスを拷問したナチスによる暴力という、負の歴史もまた染み付いている。

 グスタフが過去に家族を裏切ったのは確かなことだ。だが世代を遡ると、彼もまた母が自殺するという、これ以上ないような悲劇を経験している。それを考えると、ノーラが父親のせいで捻じ曲がったように、グスタフもまた母の選択によって捻じ曲がってしまっていたのではないのか。そして、さらにその原因には、ナチスの拷問という、それこそ巨大な規模で捻じ曲がった圧倒的な暴力が存在するのかもしれない。

 そのように考えるならば、終盤で明かされるように、グスタフが新作映画のなかで、自殺しようとする母親と、その息子を描こうとしているという行為は、自らの傷となった出来事を“再演”することで、自身の問題を乗り越えようとする、一種の自己セラピーであり“儀式”でもあったのだと考えられる。そして、自分に近い特徴のあるノーラをも、そうした破滅的なサイクルから救い出したいと感じていたのではないか。彼は自分なりのやり方で、娘たちに表現者としての方法で愛情を伝えたかったのだと考えられるのだ。

 ここでいう「感傷的な価値」とは、必ずしもポジティブなものばかりでない。好ましいものや憎むべきもの、汚いものなどをも抱きしめた、複雑な記憶や歴史に生じる味わいのことを指すのだろう。そして、またそれこそが家族であり共同体なのだということを、本作『センチメンタル・バリュー』は、建築や映画、演技という象徴を持ち出すことによって表現したのである。

■公開情報
『センチメンタル・バリュー』
TOHOシネマズ 日比谷ほかにて公開中
出演:レナーテ・レインスヴェ、ステラン・スカルスガルド、インガ・イブスドッテル・リッレオース、エル・ファニング
監督:ヨアキム・トリアー
脚本:ヨアキム・トリアー、エスキル・フォクト
配給:NOROSHI、ギャガ
英題:Sentimental Value/2025年/ノルウェー/カラー/ビスタ/5.1ch/133分/字幕翻訳:吉川美奈子/G
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