『ばけばけ』“ラシャメン”扱いで転落する松野家 メディアの暴力を現代に突きつける回に

 憧れの眼差しが軽蔑の眼差しに。『ばけばけ』(NHK総合)第86話では、トキ(髙石あかり)にかけられていたシンデレラの魔法が解ける。きっかけは、松野家の借金完済を報じる新聞記事だった。

 トキが小学生のとき、父・司之介(岡部たかし)が事業に失敗し、多額の借金を背負った松野家。200年、つまり一生かけても返せないと言われていたところを一家は20年も経たない間に返し終えた。借金完済パーティーには取り立て屋の銭太郎(前原瑞樹)も洋装で参加し、西洋料理に舌鼓を打つ。「まさか松野のだらくそに西洋料理を馳走になる日が来るとはのう……」と父・善太郎(岩谷健司)の位牌にワイングラスで乾杯するさまは、どこか寂しげだ。

 「だらくそ」と言いながら厳しく借金を取り立てながらも、決してトキを遊郭に売り飛ばさなかった父譲りの人の好さが隠しきれていなかった銭太郎。本人も松野家との小競り合いを密かに楽しんでいたのではないだろうか。前原瑞樹の軽妙洒脱な演技によってチャーミングなキャラクターに仕上がっていた。第86話の放送後、前原が自身のX(旧Twitter)にアップした写真で彼は花束を抱えており、おそらく一足早くオールアップを迎えたと思われる。

 銭太郎は最後に置き土産として波乱の種を蒔いていった。いつものようにヘブン(トミー・バストウ)先生日録のネタを探しにやってきた梶谷(岩崎う大)に、彼は何気なくトキが嫁にいく条件でヘブンに借金を返してもらったのではないかと話す。それをそのまま、梶谷が報じたのだ。銭太郎も梶谷も余計なことをしてくれちゃって。この、だらくそが。……と言いたくなるが、ただのいい人で終わらせないところが本作の面白いところである。

 トキたちは梶谷が書いた記事に対して抗議はしなかった。ヘブンのおかげで借金を返せたというのは事実。一方で、司之介が「これじゃわしが何もしちょらんみたいじゃないか」ともやっとした感情を抱くのも無理はない。自業自得とはいえ、司之介は借金を返すために凍てつくような寒空の下でも毎朝牛乳を配達してきたし、フミ(池脇千鶴)は家事全般を担いながら内職で家計を支えてきた。なによりトキの功労は大きい。

 小学校でサワ(円井わん)から勉強を教わるトキの妄想に思わず胸が切なくなる。第1話冒頭で「私にもっと学があれば」と述べていた通り、小学校さえも卒業できなかったことは彼女の中で1つの心残りであり、コンプレックスなのだろう。勉強したいと思いながら、借金を返すために身を粉にして働いてきたトキ。家族のために身を売る覚悟をしたこともある。その苦労を誰より知っているはずのサワでさえ、一足飛びに幸せを掴んだトキに「うらめしい」という気持ちを抱いてしまうのだから、何も事情を知らない人たちがどう思うかは明白だ。

 借金完済が報じられた日、町に出たトキは自分をモデルにしたグッズが燃やされているのを目にする。周囲から聞こえてくるのは「ラシャメンだったらしいのう」「信じちょったのに」という言葉。一夜にして、トキに対する世間の評価は「憧れのシンデレラ」から、お金のためにヘブンと一緒になった「卑しいラシャメン」に変わってしまった。トキは自分に向けられる白い目に耐えきれず、その場を後にする。

 タエ(北川景子)は「おごれる者は久しからず」と忠告したが、トキたちは一度たりとておごったことなどない。周りが勝手に持ち上げ、勝手に失望しただけだ。松野家の生活は確かに以前より遥かに豊かになったが、本人たちは特段贅沢もせずに暮らしている。借金だって、トキとヘブンが恋に落ちて夫婦になり、結果として返せただけだ。2人の仲睦まじさはいろいろなところで目撃されているし、人々はその光景に歓声を挙げていた。それなのにたった1つの記事で世間の印象が変化してしまうのは、媒体が新聞からSNSに変わっただけで今も起こっていること。まさにうらめしい世の一面を、私たちはトキの転落劇を通して観ている。

■放送情報
2025年度後期 NHK連続テレビ小説『ばけばけ』
NHK総合にて、毎週月曜から金曜8:00~8:15放送/毎週月曜~金曜12:45~13:00再放送
NHK BSプレミアムにて、毎週月曜から金曜7:30~7:45放送/毎週土曜8:15~9:30再放送
NHK BS4Kにて、毎週月曜から金曜7:30~7:45放送/毎週土曜10:15~11:30再放送
出演:髙石あかり、トミー・バストウ、吉沢亮、岡部たかし、池脇千鶴、小日向文世、寛一郎、円井わん、さとうほなみ、佐野史郎、北川景子、シャーロット・ケイト・フォックス
作:ふじきみつ彦
音楽:牛尾憲輔
主題歌:ハンバート ハンバート「笑ったり転んだり」
制作統括:橋爪國臣
プロデューサー:田島彰洋、鈴木航、田中陽児、川野秀昭
演出:村橋直樹、泉並敬眞、松岡一史
写真提供=NHK

関連記事