『千と千尋の神隠し』が伝えた“生きる力” 千尋×カオナシの関係はなぜ記憶に残るのか?
もしも『千と千尋の神隠し』が当初の構想どおりに作られていたら、今のジブリパークにカオナシとのフォトスポットはなかったかもしれない。なぜなら、あそこまで目立つキャラクターではなかったからだ。宮﨑監督の当初の構想では、千尋は湯屋で湯婆婆と戦って倒した後、ラスボス的な存在となっていた銭婆と戦うことになっていた。それでは3時間を超えると鈴木敏夫プロデューサーに言われた宮﨑監督は、「俺、疲れちゃうよ」と短くまとまる案を考え、カオナシを暴れさせることにした。
『ジブリの教科書12 千と千尋の神隠し』(文藝春秋)で鈴木プロデューサーは、「カオナシの中に心の闇のようなものを見てしまう子もいるんじゃないか」と考えたことを明かしている。ただ、一方で「映画のテーマも『心の問題とその克服』に変わって」きていると認識していて、そこに、「カオナシのような心の闇を象徴するキャラクター」が出てきたことで、「人々は『わけが分からない』と思いながらも、意識の底でカオナシとのつながりを感じ」て見入ってしまったのではと分析している。
『千と千尋の神隠し』が呼び起こすノスタルジックな“ふるえ” 誇張された涙が意味するもの
スタジオジブリが制作した長編アニメーション映画として8作目となる宮﨑駿監督作品『千と千尋の神隠し』が、2024年の干支「辰」にち…こうなると鈴木プロデューサーの判断は速い。糸井重里が最初に作った「トンネルのむこうは、不思議の町でした。」という少女の異世界行きを説明していたコピーでは足りないと、東宝で宣伝プロデューサーを担当していた市川南が言ったこともあり、千尋とカオナシをフィーチャーしたビジュアルに「『生きる力』を呼び醒ませ!」というコピーを添えて宣伝した。これで映画が、厳しい時代を生き抜く勇気をくれる物語だと観客が理解しやすくなり、安心して劇場へと足を運んだ。
結果、大勢の観客がカオナシの暴れっぷりを目の当たりにすることになった。ここで宮﨑監督は、千尋がカオナシを鎮めて終わりにしはしなかった。暴走したシシ神との一大バトルという『もののけ姫』(1997年)のようなスペクタクルでも追われたかもしれない。その方が映画としてのまとまりが出ただろう。しかし宮﨑監督は、ラスボスから立場は変わっても銭婆のところに行くという当初からの設定を使いつつ、癒やされるようなストーリーを持ってきた。
『千と千尋の神隠し』は前半と後半で雰囲気がガラリと変わる作品と言われることがある。宮﨑監督がライブ感覚で作ったからだと思われているかもしれないが、むしろ考えていた設定を上映時間という条件に照らしつつ切り取り、巧みにつなぎ合わせた思索の産物だと言える。結果、千尋の決断があり旅立ちという観客を誘うシーンが加わり、宮﨑アニメならではの空を飛ぶシーンもしっかり登場する優しいラストシーンへと持っていけた。
絵としては語られていなくても、背景に込められたそうした様々な作り手の思いを感じ取れたことが、『千と千尋の神隠し』を当時として最高で、今もオリジナルとしてはトップに君臨するアニメ映画にした。ベルリン国際映画祭の金熊賞とアカデミー賞の長編アニメ映画賞という栄冠にも輝いた。
『もののけ姫』4K版がもたらした“奥行き” ジブリはいまなお更新され続ける芸術に
『もののけ姫』は、宮﨑駿が自然と文明の矛盾そのものに挑みかかった作品だ。それまで寓話や冒険として描かれてきた人と自然の関係が、こ…宮﨑監督には『千と千尋の神隠し』の前に『煙突描きのリン』というオリジナル企画の構想があって、そこで煙突に絵を描くリンという名の20歳の女性が、邪魔をする男たちと対峙するストーリーを考えていた。『踊る大捜査線 THE MOVIE』(1998年)を観た鈴木プロデューサーが、現代の等身大の若者を描くとはこういうことかと感じ、同じような観客層に向けて宮崎監督が作品を作ることができるのかを問いかけ、その場で構想を捨てさせた。
代わって出てきたのが、日本テレビの奥田誠治プロデューサーのまだ幼かった娘を観客に想定した子供のための映画だったが、捨てた企画に思い入れがあったのか、リンの名前は『千と千尋』に湯屋で千尋の面倒を見る女性に引き継がれた。リンにモブではない存在感を覚えるのも、宮﨑監督の執念がこもっているからなのかもしれない。
作画監督の安藤雅司が仕切った映像の美麗さなり、久石譲による音楽の美しさといったお勧めポイントは山ほどある『千と千尋の神隠し』だが、今回の放送では電車のシーンにどうして感動するのかを問い直し、映画の中でどのような位置づけにあるのかを考えながら観てみるのも面白そうだ。
◼️放送情報
『千と千尋の神隠し』
日本テレビ系にて、1月2日(金)21:00〜23:39放送
※放送枠45分拡大 ※ノーカット
声の出演:柊瑠美、入野自由、夏木マリ、内藤剛志、沢口靖子、神木隆之介、菅原文太
原作・脚本・監督:宮﨑駿
音楽:久石譲
©2001 Hayao Miyazaki/Studio Ghibli, NDDTM