宮野真守×一郎彦はなぜ刺さる? 『バケモノの子』が描いた“承認されない者”の痛み

 一郎彦というキャラクターの魅力は、その「完璧さ」の裏に潜む脆さにある。実力があり、弟を諭す優しさをも持つ“理想的な跡取り息子”の彼が口元をマフラーで隠し続ける理由を知ったとき、その裏に隠された悲しい事実が浮き彫りになる。

 幼い頃から、「僕もいつか父上のような長い鼻と大きな牙の立派な剣士になるんだ」と無邪気に語っていた一郎彦。だが成長するにつれて、自分が決してバケモノにはなれないことを理解していく。一郎彦の悲劇は、彼が誰よりも「良い子」であろうとしたことだ。父を愛し、父に愛されたいと願い、誰よりも父の教えに従おうとした。だがその努力の全てが、自分自身を追い詰めていく。

 闘技試合前日、九太に向かって「人間のお前や!! 熊徹みたいな半端者は!! 半端者らしく!! 分をわきまえろ!!!」と叫んだ一郎彦が本当に否定したかったもの。それは九太ではなく、自分の中の「人間」だったのだろう。渋谷で『白鯨』の文字を見て変貌したマッコウクジラに猪の牙が生えた異形は、“人間でもバケモノでもない”彼のアイデンティティを象徴していたとも言える。優等生の丁寧な口調から、暴走時の感情的な高笑いまで、内面の振れ幅を見事に表現している宮野真守の演技も含め、一郎彦というキャラクターには複数の層が重なっている。

 本作は九太自身の努力を描くと同時に、「良き師に出会う」ことの意味も問いかけている。完璧な技術を優しく教えてくれる師が、必ずしも最良の師とは限らない。熊徹は粗野で不器用だが、九太と本気でぶつかり合い、互いに欠点をさらけ出しながら成長する関係を築いた。一方、猪王山は高潔で慈悲深く、息子を深く愛していた。だが、その優しさゆえに真実を告げることができず、一郎彦と本音でぶつかり合うことができなかったことも事実だ。

 もちろん、「良き師」の形は人の数だけ正解がある。ただ、一郎彦にとって必要だったのは、“完璧な師”ではなく、ありのままの自分を受け入れてくれる存在だったのかもしれない。一郎彦が抱えた「承認の不在」という痛みは、2025年の今、より切実に私たちに響くだろう。

■放送情報
『バケモノの子』
日本テレビ系にて、11月14日(金)21:00〜23:24放送
※放送枠30分拡大、本編ノーカット
声の出演:宮﨑あおい、染谷将太、役所広司、広瀬すず、大泉洋、リリー・フランキー、津川雅彦、山路和弘、黒木華、宮野真守、大野百花、山口勝平、諸星すみれ、長塚圭史、麻生久美子
監督・脚本・原作:細田守
作画監督:山下高明、西田達三
美術監督:大森崇、髙松洋平、西川洋一
CGディレクター:堀部亮
色彩設計:三笠修
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