『あんぱん』松嶋菜々子の“笑顔”に詰まった母の矜持　ヤムおんちゃんにも届いた嵩の思い

　羽多子（江口のりこ）のカラッとした性格に救われる回だった。NHK連続テレビ小説『あんぱん』第111話では、羽多子がすれ違い続ける親子の“緩衝材”となる。

　嵩（北村匠海）が脚本を手がけたラジオドラマ『やさしいライオン』は大きな反響を呼んだ。しかし、嵩が一番気になっているのは登美子（松嶋菜々子）の反応。『やさしいライオン』はみなしごライオンのブルブルと母代わりの犬・ムクムクの物語ゆえに、生みの母である登美子を傷つけていやしないかと心配なのだ。

　だが、のぶ（今田美桜）が言うように、『やさしいライオン』は「育ての母の話」ではなく「母親の愛情の在りか」を描いた物語。そこには自分と千尋（中沢元紀）を本当の息子のように育ててくれた千代子（戸田菜穂）への感謝、幼い頃から離れて暮らす登美子を恋しく思う気持ちが込められている。ムクムクは千代子でもあり、登美子でもあるのだ。

　それをどうにか登美子にも分かってほしいのぶ。引っ越してきたばかりのマンションにのぶは茶室を設けており、これを機に登美子には嵩と仲直りして同居してもらおうと考えていた。そんなのぶの思いを汲んだ羽多子は、登美子を家に連れてくる。

　そこでのぶはメルヘンなラストについて「嵩さんの愛と夢やと思います」と説明する。ムクムクを背中に乗せ、空を飛んだやさしいライオンは嵩。あまりにも登美子が干渉してくるものだから、思わず「これ以上、僕たちの人生に立ち入らないでくれ」と突き放してしまった嵩だが、本当は登美子のことも自分の力で幸せにしたいと願っているのではないだろうか。そんな嵩の思いに、登美子はきっと気づいている。でなければ、ラジオを聴いているときにあんな穏やかな笑顔を浮かべていないはずだ。

　だけど、今さら一度染み付いた価値観は変えられず、その価値観でもって嵩の人生を邪魔してしまうかもしれない。それが怖くて息子のまっすぐな愛を受け取れず、「あんな甘ったるい話を作っているようじゃ、頭の中が透けてみえるようだわ」「だからその年になっても代表作がないのよ」と次から次へと心とは裏腹の言葉をかけてしまう登美子は呆れるほどに不器用だ。

　今までなら嵩は登美子の言葉をまともに食らって、親子の関係にさらなる亀裂が入っていただろう。しかし、今回は羽多子が間に入ることで傷は最小限に抑えられる。「あんたはムクムクやのうて、ムカムカじゃ！」と登美子に遠慮のない言葉をぶつける羽多子。同じ母親ゆえに、素直になれない登美子の気持ちも理解できるところがあるのではないだろうか。その上で、登美子の本音を引き出すために発破をかけているように見える。だが、そこは一筋縄ではいかない女・登美子。なおも「もう漫画家なんてやめちゃいなさい」と嵩に対する辛辣な態度を崩さない姿勢は、さながら我が子を崖から突き落とすライオンだ。同居の話もきっぱりと断り、笑顔で帰る登美子からは母親としての矜持をひしひしと感じた。

　さて、ブルブルとムクムクの物語は意外な人物の耳にも届く。パン屋の休憩室とみられる場所でラジオを聴いていたのは、“ヤムおんちゃん”こと草吉（阿部サダヲ）。のぶの祖父・釜次（吉田鋼太郎）の葬儀に現れた第80話以来、7週ぶりの再登場だ。見た目こそ若干老け込んだものの、お調子者な性格は相変わらず。今も現役のパン職人として働いているようで、嵩の話をするバイト仲間に「あいつはガキの頃から、俺様のあんぱん食ってでかくなったんだ」と自慢する。一方、絵本の仕事が舞い込んだ嵩は草吉をモデルにしたヒーローの物語を編集者に提案するが、またもや理解は得られなかった。あと一歩のところでたどり着きそうなアンパンマンの誕生は、もしかしたら草吉との出会いによってもたらされるのかもしれない。

■放送情報
2025年度前期 NHK連続テレビ小説『あんぱん』
NHK総合にて、毎週月曜から金曜8:00〜8:15放送／毎週月曜〜金曜12:45〜13:00再放送
BSプレミアムにて、毎週月曜から金曜7:30〜7:45放送／毎週土曜8:15〜9:30再放送
BS4Kにて、毎週月曜から金曜7:30〜7:45放送／毎週土曜10:15～11:30再放送
出演：今田美桜、北村匠海、江口のりこ、河合優実、原菜乃華、高橋文哉、眞栄田郷敦、大森元貴、戸田菜穂、戸田恵子、浅田美代子、吉田鋼太郎、妻夫木聡、阿部サダヲ、松嶋菜々子ほか
音楽：井筒昭雄
主題歌：RADWIMPS「賜物」
語り：林田理沙アナウンサー
制作統括：倉崎憲
プロデューサー：中村周祐、舩田遼介、川口俊介
演出：柳川強、橋爪紳一朗、野口雄大、佐原裕貴、尾崎達哉
写真提供＝NHK