『ジュラシック・ワールド/復活の大地』なぜ賛否? シリーズにもたらされた“映画的充実”
隊員の一人が、浜辺でスピノサウルスに捕食されるシーンは、本作で最も恐ろしい瞬間だったのではないか。この恐竜は獲物に気づかれないように、わざわざ海側に回り込んでから、音を立てぬよう波とともに背後から一気に接近して引き込むのである。この頭脳的な“狩り”が、燦々とした日差しのもと、美しいビーチでおこなわれるからこそ、より不気味さが高まる。ここで思い出すのは、スピルバーグ監督の出世作である『ジョーズ』(1975年)でのサメの襲撃と、打ち寄せる波が鮮血に染まるワンシーンである。
ここで起こった、エドワーズ監督の演出とスティーヴン・スピルバーグ監督のそれとの一方的なクロスオーバーは、これまでのエドワーズ作品の恐怖表現において、スピルバーグ監督のサスペンス的な演出が下敷きにあったことが、われわれ観客にも実感できるようになっている。そう、スピルバーグ監督が自作『フェイブルマンズ』(2022年)にて披瀝したように、観客を楽しませ驚かせたいというサービス精神が、このような“工夫”として、エドワーズ監督にも表出するのだ。そしてそれは、本作での他の恐竜の出現シーンにも共通する。
そういった意味において、そもそもスピルバーグとの共通点が作家性に色濃く反映していたエドワーズ監督による本作が、『ジュラシック・パーク』第1、2作に最も接近する内容になったというのも必然的だといえるのではないだろうか。そして、グラント博士の教え子であるというルーミス博士が、第1作においてグラントがそうであったように、ティタノサウルスを感動とともに見上げる場面には、「ジュラシック・シリーズ」を一度原点に置き直そうとする試みだったのだと思える。
さて、その上で物議を醸すことになったのが、「ミュータント恐竜」の登場だろう。これまで「ワールド・シリーズ」において、「インドミナス・レックス」なる獰猛な「ハイブリッド恐竜」が登場したが、今回は計算によって誕生した脅威でなく、人為的ミスが作り上げてしまった脅威が、ゾーラたちに襲いかかるのだ。
この点について、あくまで“恐竜を主役として”楽しみたかった観客が難色を示したというのは、理解できるところだ。これまでのシリーズでは、あくまで太古に実在していたとみなされる恐竜を主軸に構成されていた。最大の脅威がミュータントだというのは、本作を観る主柱が揺るがされたと感じるのも無理はない。とはいえ、本作は人間ドラマがかなりタイトに整理されているため、恐竜の活躍する場面も多い。巨大恐竜たちはもちろんTレックスにも、これまでには見られなかった動きが、自然の地形のなかで楽しめる。そういう意味では、通常の恐竜たちの見せ場を十分用意し、期待に応えながら新機軸を作り手たちが打ち出しているのだと考えた方が、本作をより楽しめるのではないか。
そして、そこまでしてミュータントを持ち出したかった理由の一つにあるのは、人間の悪意よりも“無関心”が事態を最悪の方向に向かわせてしまうというリアルな状況を描くことで、観客にもまた地球環境などへの倫理的な葛藤をおぼえてもらいという感情だったのではないだろうか。冒頭のシーンでチョコバーの包み紙をポイ捨てしてしまうという、人間の小さな過失が、恐ろしい悲劇を生んでしまう構図は、シリーズの登場人物である数学者イアン・マルコムが第1作より指摘していた、小さなきっかけが次々にリスクを増幅させてしまう「カオス理論」にテーマを立ち戻らせる。その端緒が、われわれがやってしまいかねないレベルの行動であることに、小さくない意図が込められているように思うのである。そして最後にゾーラがたどり着くのも、やはり利他的な選択である。
しかし、何より筆者が指摘したいのは、ゾーラが選択に至るまでに、核心に迫るような会話やセリフが最小限に抑えられているという点である。ゾーイたちに助けられ合流するデルガド一家の長女テレサ(ルナ・ブレイズ)の恋人ザビエル(デヴィッド・ヤーコノ)は、恐竜が泳いでいる海にテレサが落下したとき、迷わず飛び込んで助けようとする。これが象徴するように、本作ではかつての無声映画のごとく、セリフよりも行動によって人間の真の感情を語らせることに徹底している。それはクライマックスでのダンカンの行動も同じである。
そんな、数少ない会話シーン自体もいい。サン・ユベール島の海域へと向かうボートで、ゾーラとダンカンというプロフェッショナルな兵士2人が、お互いに知る人物の境遇や、互いの心情を慮る必要最小限のやりとりは、2人の俳優の演技力も手伝って、その詳細は分からないまでも、胸にずしんと響くものがある。このような、多くを語らせない人間描写というのは、洒脱な脚本、簡潔な演出、的確な演技など職人的な技術が噛み合うことで成立する。
俳優たちに多くを語らせ、複雑な人間関係を描きがちな近年の作劇において、このようにシンプルに、かつ無駄な情報を観客に与えない“剛腕さ”、そこで発生する名状し難い詩情には、スピルバーグ監督の憧れでもあったジョン・フォード監督の手腕すら想起させる。そして、そんなソリッドなフォード監督の『駅馬車』(1939年)こそが、本作や『ジュラシック・パーク』をはじめとする、娯楽活劇の一つの原点であったともいえる。
だからこそ、ヨハンソンが演じるゾーラが利他的な決意を簡潔に語る際の、言葉を超えた味わい深い表情に、何よりも心を揺るがされるのである。「ワールド・シリーズ」では、それぞれに魅力的な描写が少なくなかったが、こういった感情まで味わわせてくれる、本格的な映画の演出には出会えなかった。その点において、本作『ジュラシック・ワールド/復活の大地』だけが、スピルバーグ監督作以来の“映画的充実”を、「ジュラシック・シリーズ」にもたらしたのである。
■公開情報
『ジュラシック・ワールド/復活の大地』
全国公開中
出演:スカーレット・ヨハンソン、マハーシャラ・アリ、ジョナサン・ベイリー、ルパート・フレンド、マヌエル・ガルシア=ルルフォ、ルナ・ブレイズ、デヴィッド・ヤーコノ、オードリナ・ミランダ、フィリッピーヌ・ヴェルジュ、ベシル・シルヴァン、エド・スクライン
日本語吹替版キャスト:松本若菜、岩田剛典、吉川愛、楠大典、小野大輔、高山みなみ、大西健晴、玉木雅士、三上哲、水瀬いのり、小林千晃ほか
監督:ギャレス・エドワーズ
脚本:デヴィッド・コープ
キャラクター原案:マイケル・クライトン
製作:フランク・マーシャル、パトリック・クローリー
製作総指揮:スティーヴン・スピルバーグ、デニス・L・スチュワート
配給:東宝東和
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