『鬼滅の刃』人は“呼吸”でどこまで強くなれるのか 武道家ライターが“全集中の呼吸”を解説
生身を削る思いで戦ったとしても、全て無駄なんだよ杏寿郎。お前が俺に喰らわせた素晴らしい斬撃も、既に完治してしまった。だがお前はどうだ。潰れた左目。砕けたあばら骨。傷ついた内臓。もう取り返しがつかない。鬼であれば瞬きする間に治る。そんなもの、鬼ならばかすり傷だ。どう足掻いても人間では鬼に勝てない。
『鬼滅の刃』煉獄杏寿郎はなぜ“最初の犠牲者”に? 炭治郎たちに与えた決定的な影響
5月9日より5週間限定で、『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』のリバイバル上映が実施されている。同作といえば国内興行収入404.3億…『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』において上弦の鬼である猗窩座は、戦闘中に炎柱・煉獄杏寿郎に滔々と語る。煉獄と猗窩座は、戦闘力においては互角かもしれない。だが戦闘が進むにつれ、「取り返しがつかない」負傷が増え、息も絶え絶えになっていく煉獄。対する猗窩座は、頸以外ならどこを斬られようともすぐに再生する。つまり防御を気にする必要がない。攻撃に全振りできる。
この作品における悪役、鬼たちは初期設定からして強すぎる。猗窩座の言う通り、人間が勝てるとは思えない。そんな脆弱な人間が、鬼に勝てるかもしれない唯一の方法がある。それは、“全集中の呼吸”を極めることだ。
心肺機能を極限まで増強し、大量の酸素を血中に取り込むことで血管、骨、筋肉が、熱化され、強化される。結果、身体能力が大幅に向上する。また、相当な身体的負荷のかかるこの呼吸法を、睡眠時を含む四六時中維持し続けることを“全集中・常中”という。会得することで基礎体力は飛躍的に向上する。だが蟲柱・胡蝶しのぶ曰く、これは「基本の技」であり「初歩的な技術」であり「できて当然」らしい。
できて当然と言われても、炭治郎ですら「耳から心臓出たかと思った」というほどに、困難を極める芸当だ。練習方法としては、「瓢箪を吹いて破裂させる」というもの。現実世界でも、肺活量自慢がタイヤに息を吹き込んで破裂させるというパフォーマンスを見ることがある。これでも充分すごいのだが、タイヤはもともと空気を注入すれば膨らむようにできており、限界を超えれば当然破裂する。だが、硬い瓢箪は膨らむようにも破裂するようにもできておらず、これを破裂させる時点ですでに人間業ではない。しかも最終的には人間の子供サイズの瓢箪の破裂を求められる。
今思えば、柱稽古のいちばん最初に元音柱・宇随天元が無限走り込みを課したのは、この心肺能力向上を考えてのことだと思われる。ハードな走り込みにグロッキーな隊員も多かったが、このときの鍛錬のおかげで、全集中・常中ができるようになった隊員もいたことだろう。結果、『無限城編 第一章』では、見違えるように強くなった平隊士たちの姿を観ることができる。
『鬼滅の刃』柱稽古とは何だったのか? 『無限城』に備えてどんな能力アップがあったか分析
『鬼滅の刃』に登場する鬼には、そもそも疲労や負傷や老いという概念がない。日の光にさらされるか、日輪刀で首を斬られない限り、死ぬこ…また、ケガをしても鬼のように再生とはいかないが、呼吸の力でケガの悪化をストップ、もしくは遅らせることはできる。『無限列車編』で腹を刺された炭治郎は、破れた血管に意識を集中することにより、止血をしている。また、ネタバレになるので多くは語れないが、『無限城編 第二章』では、命にかかわるような重症を呼吸の力でなんとかしてしまう剣士も登場するはずだ。そのときはさすがの上弦の鬼も、「人間にできて良い芸当ではない」と素直に驚いている。
これらの芸当は、徹底的な呼吸法鍛錬によりインナーマッスルが極限まで鍛えられた状態だからこそ可能なことだ。筋肉は、随意筋と不随意筋に分けることができる。腕や足など自分の意志で動かせるのが随意筋、血管や内臓及びその周りの筋肉など、自分の意志で動かせないのが不随意筋である。インナーマッスルは基本的に不随意筋だ。だが、鍛錬により不随意筋を動かすことは、不可能ではない。
武道家ライターが観る『SAKAMOTO DAYS』 坂本の強さの秘訣を真剣に考えてみた
ただいま放送中のアニメ『SAKAMOTO DAYS』(テレビ東京系)はなぜ面白いのか。引退して平穏に暮らしていた元・伝説の殺し屋…わかりやすい例を挙げてみよう。例えば大胸筋は厳密には随意筋になるのだが、普通はそこだけを独立して動かすことは難しい。だが意識して大胸筋を鍛えることにより、動かせるようになる。ベンチプレスの際に直接バーベルを持ち上げているのは腕だが、「今オレは胸の筋肉で持ち上げているんだ」と強く思い、大胸筋に意識を集中することで、その箇所が鍛えられる。結果、大胸筋だけを意識して動かせるようになる。もっとも大胸筋をピクピク動かせても、戦いの場はおろか、日常生活でも一切役に立ったことはないが。
ハードな呼吸鍛錬により、呼吸筋(肋間筋や横隔膜)や腹筋深部などのインナーマッスルが鍛えられている。結果、該当箇所に意識を集中することにより、大胸筋のように動かせるようになっているのだろう。従って、破れた血管の筋肉を動かして裂け目をふさぎ、止血することもできる(あくまで理論上は)。