渡辺謙こそ『国宝』の支柱である “花井半二郎”として披露した重厚にして流麗な演技

 名作の“顔”にして、その作品の看板を背負うのは主演俳優だが、彼ら彼女らは脇を固める演技者たちの存在によって立つことができている。映画『国宝』は主演の吉沢亮、準主演のポジションにあたる横浜流星を中心に、若手から大ベテランまで演技者たちが勢ぞろい。封切りからずっと話題作であり続けている。

 このページにたどり着いた方のほとんどが、すでに同作を観ていることだろう。そんな作品で主役とは別に核となる存在は誰か。それは間違いなく、渡辺謙である。

 本作は、作家・吉田修一による同名小説を李相日監督が映画化したもの。芸の道に人生を捧げた喜久雄という人間の半生を力強い筆致で描いている。吉沢が演じる主人公の喜久雄は任侠の一門に生まれるが、抗争で親を失ったことにより歌舞伎役者の家に引き取られることに。そんな彼の第二の父となるのが、上方歌舞伎の名門の当主・花井半二郎だ。これを演じているのが渡辺である。

 日本の伝統芸能でありながら、多くの人々が知ることのない歌舞伎の世界。ここで真に価値があるのは、才能か、それとも血筋か。そんな世界において、芸の道で生きる者たちの苦悩と葛藤を描いた作品である。半二郎には俊介という実の息子がいるのだが、これを演じているのが横浜。喜久雄には圧倒的な才能があるが、彼は歌舞伎界の外からやってきた人間だ。いっぽうの俊介は、生まれながらにして歌舞伎界のプリンス。彼らを兄弟のように育て、厳しく芸を仕込むのが、渡辺が演じる半二郎なのだ。

 演じる役へのその入れ込みようから、主演の吉沢や準主演にあたる横浜に称賛の声が集まっているが、これは先述しているように周りの者たちの存在があってこそ実現するもの。喜久雄や俊介の幼少期を演じる者たち、ヒロイン、親、歌舞伎界の関係者らを演じる者たちなど、いろいろといる。そんな中でも極めて大きな存在が、ふたりの父であり師である半二郎だ。

 作品が世に出た以上、それぞれの役を演じる俳優はこの世界にただひとりしか存在しない。実際に『国宝』に触れた観客のほとんどが、一人ひとりの俳優に対して替えの効かない存在だと強く思っているに違いないだろう。主演の吉沢をはじめとする演技者たちが適材適所に配されたことで、この『国宝』は誕生した。誰ひとりとして欠けてはならない。

 けれどもそのいっぽうで、企画段階ではさまざまなキャスティング案があったであろうこともまた事実。この作品や監督が求めるレベルのパフォーマンスにどこまで近づくことができるのか。俳優がひとり変われば、作品の印象はガラリと変わる。

 この『国宝』が観客に与える印象を決定づけているのは紛れもなく主演の吉沢だ。それは間違いない。しかし彼と同じくらい本作の印象に影響を与えている者がいる。それが渡辺だ。

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