『あんぱん』二宮和也が放つ言葉の圧倒的な説得力 清が嵩に“生きる意味”を託す
一方で、部隊の補給路は断たれ、食料の枯渇が極限に達していた。まともな食事どころか、草の根一つにも価値を見出さなければいけない状況。嵩もまた、たんぽぽの根を口にして空腹をしのいでいたが、それも底を尽き、ついに力尽きて地面に倒れる。目の前が暗転し、体の感覚が遠ざかっていくなかで、彼の意識の底に現れたのはかつて一緒にあんぱんを食べた記憶の中にいる父・清(二宮和也)の姿だった。
回想以外での登場となる清。その静かな微笑みと声が嵩の意識の中に、わずかな安堵と懐かしさをもたらす。その姿に少しだけ心がほっとしたのは、きっと筆者だけではないだろう。
「こんなくだらん戦争で、大切な息子たちを死なせてたまるか」
清は語りかけながら、かつて嵩に託した手記をもう一度手渡す。「みんなが喜べるものを作るんだ」と。その言葉は、戦場で忘れられかけていた想いと生きる意味を、もう一度嵩に思い出させるものだった。これは夢なのか、幻なのか。だが嵩にとっては、たしかに真実であり、救いとなっていた。
意識を取り戻した嵩の目に映ったのは、駆けつけた健太郎(高橋文哉)の姿だった。乾いた地面に膝をつき、握り飯を手にした健太郎の「食べり」という一言が、なんだか優しく響いてきた。極限の疲労と飢えの中で、それはどんな慰めの言葉よりも力を持っていた。
健太郎は多くを語らないが、ただ隣に座って見守っている。それだけでいい。生きているだけで、今はそれで十分なのだから。戦地の真ん中で、誰かがいてくれること。言葉にならない感情が、沈黙のあいだに確かに伝わっていく。嵩の中で、小さくなっていた“生”への灯が、ふたたび揺れ動き始めていた。
■放送情報
2025年度前期 NHK連続テレビ小説『あんぱん』
NHK総合にて、毎週月曜から金曜8:00〜8:15放送/毎週月曜〜金曜12:45〜13:00再放送
BSプレミアムにて、毎週月曜から金曜7:30〜7:45放送/毎週土曜8:15〜9:30再放送
BS4Kにて、毎週月曜から金曜7:30〜7:45放送/毎週土曜10:15~11:30再放送
出演:今田美桜、北村匠海、加瀬亮、江口のりこ、河合優実、原菜乃華、細田佳央太、高橋文哉、中沢元紀、大森元貴、二宮和也、戸田菜穂、浅田美代子、吉田鋼太郎、竹野内豊、妻夫木聡、阿部サダヲ、松嶋菜々子
音楽:井筒昭雄
主題歌:RADWIMPS「賜物」
語り:林田理沙アナウンサー
制作統括:倉崎憲
プロデューサー:中村周祐、舩田遼介、川口俊介
演出:柳川強、橋爪紳一朗、野口雄大、佐原裕貴、尾崎達哉
写真提供=NHK