『あんぱん』“登美子”松嶋菜々子が担う社会へのカウンター 中園ミホが込めたメッセージ

 登美子の図々しいまでのふてぶてしさは、やはり産みの親のなせる技なのだろうか。千代子は子どもを産めなかった後ろめたさもあるのだろう、強くは出ることができずにイライラを隠せない。産んでいない劣等感と、育ててきたという自負。義母の心境が切なく伝わってくる戸田の演技は圧巻だった。

 対して、登美子は、憎たらしいほど勝手だ。そして、この役は、やはり松嶋が演じた『やまとなでしこ』(フジテレビ系)の神野桜子を彷彿としてしまう。客室乗務員の桜子は、「貧乏は嫌い」と、合コンでお金持ちの結婚相手を探していて、「お金で愛は買えないって言うけど、愛だけでご飯は食べられないでしょ?」など、常識では言えないような本音をあっけらかんと発言する。表立っては言えない女性の欲望を素直に表に出すキャラは、当時の女性たちに勇気を与えた。ある意味、「女は大人しく可憐でなければならない」という男性社会からの圧力へのカウンターだったからだ。どちらの役も、松嶋の真骨頂だと言えるだろう。

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NHK連続テレビ小説『あんぱん』が始まった。脚本は、『やまとなでしこ』(フジテレビ系)、『ハケンの品格』シリーズ(日本テレビ系)…

 嵩の出征シーンでも、登美子は、隠された母親たちの本音を明らかにしているだけだ。本音では、「生きて帰ってきてほしい」「死なないでほしい」という母の思いを、ぶっちゃけているだけなのだ。ただ、それを言うのがこの時代にどれほどの罪だったか。憲兵隊に連行されれば、拷問が待っているかもしれないほどのことであっただろう。それでもその圧力に屈しないで言いたいことを言う。中園ミホの脚本らしい登場人物であり、中園のメッセージもここにあるのかもしれない。

 また、『あんぱん』の母は、産みの母と育ての母の二人がいるからこそ、母という存在の二面性がみられたとも感じる。母にとって、産んだ子どもは自分の産物だ。それをどうするかは自分にも権利があるのではないか、つまり、「死ぬな」という権利があるだろうという登美子。たいして、他人だからこそ、人として接してきたからこそ、彼の今の気持ちを慮って心配する千代子。子どもへの所有感と個人の尊重のせめぎ合い。母というものは、その業を行き来するものなのかもしれないということも感じた。

■放送情報
2025年度前期 NHK連続テレビ小説『あんぱん』
NHK総合にて、毎週月曜から金曜8:00〜8:15放送/毎週月曜〜金曜12:45〜13:00再放送
BSプレミアムにて、毎週月曜から金曜7:30〜7:45放送/毎週土曜8:15〜9:30再放送
BS4Kにて、毎週月曜から金曜7:30〜7:45放送/毎週土曜10:15~11:30再放送
出演:今田美桜、北村匠海、加瀬亮、江口のりこ、河合優実、原菜乃華、細田佳央太、高橋文哉、中沢元紀、大森元貴、二宮和也、戸田菜穂、浅田美代子、吉田鋼太郎、竹野内豊、妻夫木聡、阿部サダヲ、松嶋菜々子
音楽:井筒昭雄
主題歌:RADWIMPS「賜物」
語り:林田理沙アナウンサー
制作統括:倉崎憲
プロデューサー:中村周祐、舩田遼介、川口俊介
演出:柳川強、橋爪紳一朗、野口雄大、佐原裕貴、尾崎達哉
写真提供=NHK

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