『おむすび』“展開が遅い”で離脱するのはもったいない 震災の描写に詰まった人間への敬意
結の「本音」が出たり引っ込んだりするところもリアルだ。「お姉ちゃんなんか大っ嫌い」「ギャルなんか大っ嫌い」と言っていた結が、実は本人も無自覚な心の深いところで「大好き」と叫んでいたのだと、結の記憶の糸をたぐることでわかってきた。糸島フェスティバルでハギャレンのメンバーたちとパラパラを大成功させて、初めて魂を解放することができたけれど、その日からすっかり明るくなって「ギャルライフを楽しみまーす」とはならない。この一筋縄ではいかないところが『おむすび』の面白さだ。震災以降、娘たちと向き合うことができなかった、全ては自分のせいだと泣き叫ぶ聖人を目の当たりにして、またもや本音が引っ込んでしまったのだろう。第5週は、結がハギャレンメンバーたちに「今日でギャルやめます」と言って終わった。
6歳の結(磯村アメリ)は、セーラームーンに憧れる、かわいくてカッコいいものが大好きな女の子だった。「お姉ちゃん」の歩に、髪の毛を「月野うさぎ」みたいに結ってもらうのが何より嬉しかった。おそらくこれが結の本来の姿なのだろう。高校生になった結が「お姉ちゃんもギャルも大嫌い」と言いながら、歩の部屋に入ってひまわりのヘアアクセをつけてみるシーンが胸に迫った。結の頑なさは「好き」の裏返しであり、好きであればあるほどブレーキがかかってしまう。大好きだったセーラームーンも、「お姉ちゃん」と「真紀ちゃん」と過ごすかけがえのない時間も、あの震災が一瞬にして奪い去ったからだ。
米田家のなかでも結・歩・聖人の3人とはまた違う視点で物事を見ている母・愛子(麻生久美子)の存在も効いている。本音を表に出せない3人の家族を、愛子はいつでも信じて見守りながら、「それがあなたの本音なの?」という顔をしている。けれど、決して無理に本音を引き出そうとはしない。本人が表に出すその時をじっと待つ。愛子の距離感が、この物語の作り手の距離感と言ってもいいのかもしれない。他者はおろか本人にもわからない心の領域に対して、距離を保つこと。それは「人間への敬意」とも言えるのではないだろうか。
「表層だけ見ていればその本質はわからない」といえば、このドラマにおけるギャルの存在意義もしかりだ。ギャルを扱うことについて「奇を衒っている」「ウケ狙い」と揶揄する向きもある。そこまで思わないにしても、筆者も制作発表の時点では「攻めてるな」と感じた。しかし、蓋を開けてみればそんな単純な話ではなかった。
全て「現象」というものは、時代から生まれる。ギャルは、「失われた30年」とも呼ばれる平成の終わりなき閉塞感と、それに拮抗するかのように存在した楽観的ムードが生み出した、時代のアイコンといえまいか。歩からハギャレン、そして結へと受け継がれた「ギャルの掟」に象徴されるように、ギャルは「好きなことをしたい」「今を全力で楽しみたい」という欲求に素直で、そうした「哲学」の体現者だ。ギャルマインドとはつまり、今の結にいちばん欠けている「本音で、自分らしく生きる」という精神だ。
「ギャルの掟」は、実はとても普遍的な、すべての人間に通用する「幸福に生きるためのメソッド」ともいえる。結は、ルーリーが警察に補導されたときに「掟その1 仲間が呼んだらすぐ駆けつける」を実践して駆けつけ、警官に「この人は私の友達です」と言った。「掟その3 ダサいことは死んでもするな」を胸に、カツアゲをして天神界隈を荒らすヤンキーギャルたちの前で啖呵を切ってハギャレンの仲間を守った。残るは「掟その2」だ。
糸島フェステイバルに向けたパラパラ特訓の最終仕上げの際に、タマッチ(谷藤海咲)は言った。
「振りは完璧。ただ、ムスビン(結)だけ何か足りんのよね」
結に足りないもの。それは「掟その2 他人の目は気にしない。自分が好きなことは貫け」の精神だ。糸島フェスティバル本番で一度は開きかけた結の心の蓋を、いつかは完全に解き放つ日が来るだろう。結と米田家の「心の復興」は、今やっとスタートラインに立ったところ。『おむすび』は、結と、その周りの人たちが本当の意味で「自分が好きなことは貫け」に至るまでを見届ける物語なのかもしれない。
参照
※ https://www.lmaga.jp/news/2024/10/852449
■放送情報
2024年度後期連続テレビ小説『おむすび』
NHK総合にて、毎週月曜から金曜8:00〜8:15放送/毎週月曜〜金曜12:45〜13:00再放送
BSプレミアムにて、毎週月曜から金曜7:30〜7:45放送/毎週土曜8:15〜9:30再放送
BS4Kにて、毎週月曜から金曜7:30〜7:45放送/毎週土曜10:15~11:30再放送
出演:橋本環奈、仲里依紗、北村有起哉、麻生久美子、宮崎美子、松平健、佐野勇斗、菅生新樹、松本怜生、中村守里、みりちゃむ、谷藤海咲、岡本夏美、田村芽実ほか
語り:リリー・フランキー
主題歌:B'z「イルミネーション」
脚本:根本ノンジ
制作統括:宇佐川隆史、真鍋斎
プロデューサー:管原浩
写真提供=NHK