『宙わたる教室』になぜ感動? 多くの学園ドラマが見落としていた“学ぶこと”の素晴らしさ

 空はなぜ青いのか。岳人の素朴な疑問に答えるために、藤竹はタバコの煙とライトを使って、レイリー散乱の仕組みを説明する。ほのかに青白く光るタバコの煙は、「ささやかな青空」と呼べるほど大層なものではなかった。けれど、岳人の知的好奇心を刺激するには十分な光だった。

 ずっと誰も教えてくれなかったことを教えてくれる人がいる。わからなかったことがわかる楽しさがある。「知らないままで良かった」なんてことはない。知ることで、人はひとつ可能性を手に入れる。「学ぶこと」は人生という険しい道のりをほんの少しなだらかにするためのスコップであり、立ちはだかる岩壁を砕くツルハシなのだ。

 アンジェラは明るく気遣い屋である一方、どこか自己評価が低い。異父弟妹の面倒を見るため、学校に通うことをあきらめた生い立ちから、今でも自分が我慢することで物事が滞りなく進むなら、それでいいと考えるようなところがあった。その自己犠牲的な性質が、無自覚の卑屈さを生んでいた。

 そんなアンジェラに、藤竹は大気の対流について教える。そして、アンジェラの温かさがクラスの大気を安定させているのだと伝える。それは、自分の価値を低く見積りがちなアンジェラにいちばん必要な気づきだった。自分を優劣の「劣」のほうに置くことで安心しなくていい。アンジェラもまた「学ぶこと」で自分に少し自信を持てるようになった。

 不思議なもので、日本は勉強を頑張ることへの評価が不当に低い。「ガリ勉」と揶揄され、勉強をしていると、「せっかくの学生時代なんだからもっと今しかできないことをやったら?」と諭されることさえある。だから、学園ドラマでも「学ぶこと」は主役にならない。

 でも、本来、「学ぶこと」は素晴らしいことだ。「学ぶこと」で人は成長し、世界を知り、己を知る。どんなに踏みにじられても、学んだ知識は誰にも汚されない。学びは、理不尽と戦う剣となり、身を守る盾にもなる。学園ドラマが「学校では教えてくれないこと」に価値を見出したがるのは、日本に住む多くの人にとって「学ぶこと」が当たり前だからだ。でも、それが当たり前じゃない人たちもいる。当たり前のことを当たり前に与えられる尊さを感じられるから、『宙わたる教室』のメッセージは星のようにまばゆく光る。

「ここは、あきらめたものを取り戻す場所ですよ」

 藤竹はそう言った。その言葉に導かれるように科学部に入部した岳人は、アンジェラの一言がきっかけで、失敗続きだった噴火の実験を初めて成功させる。その顔は、とびきり輝いていた。大麻の売買を持ちかけられ、暗い自室で腐りかけていたときのくすんだ目とは別人だった。

 あのとき、ベッドに横たわる岳人の目の前は、低い天井で遮られていた。手を伸ばしても、どこにも届かない気がした。でも、夜の校庭には遮るものなんてない。すし酢を加えた重曹はボトルキャップを跳ね飛ばし、ロケットみたいにどこまでも高く高く飛んでいった。

 私たちに、限界なんてない。「学ぶこと」に、遅すぎることはない。一つの成功は、新しい挑戦へのエネルギーになる。知的好奇心という花が咲き続ける限り、いつだって人生は青春なのだ。子どもみたいな岳人のキラキラした笑顔が、それを証明していた。

 リカレント教育の推進により、学校に通う生徒たちはもちろん社会に出た大人たちにも学びの機会が広がりつつある。私たちだって、まだ何かを学べる。あきらめたものを取り戻すチャンスがある。

 『宙わたる教室』に息づく感動の正体は、自分の未来を信じる希望にあるのかもしれない。

■放送・配信情報
ドラマ10『宙わたる教室』
NHK総合にて、毎週火曜22:00〜22:45放送
BSP4Kにて、毎週火曜18:15〜1900放送
NHKプラスにて、同時配信・見逃し配信(放送後から1週間):https://www.nhk.jp/p/ts/11GMGMRG5V/plus/
Prime Videoにて配信宙
出演:窪田正孝、小林虎之介、伊東蒼、ガウ、田中哲司、木村文乃、中村蒼、イッセー尾形 ほか
原作:伊与原新『宙わたる教室』
脚本:澤井香織
演出:吉川久岳(ランプ)、一色隆司(NHKエンタープライズ)、山下和徳
制作統括:橋立聖史(ランプ)、神林伸太郎(NHKエンタープライズ)、渡辺悟(NHK)
写真提供=NHK

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