『ボルテスV』はなぜフィリピンで愛された? 現地人監督が語る、“母系社会”ならではの熱狂

 今から47年前に日本で放送されたテレビアニメ『超電磁マシーン ボルテスV』(1977年)。前年の『超電磁ロボ コン・バトラーV』(1976年)に続いてアニメ演出家の長浜忠夫が監督を務め、敵側にも悲劇的なドラマを持たせたドラマ作りが高く評価された。従来のロボットアニメに多かった勧善懲悪の図式から脱し、敵味方双方のバックボーンを1年にわたって掘り下げた大河ドラマ的な作りは多くのファンに支持され、現在では『ボルテスV』の後番組『闘将ダイモス』(1978年)も含め、“長浜ロマンロボ”シリーズという括りで愛されている。

 その『超電磁マシーン ボルテスV』は海の向こうフィリピンで絶大な人気を誇り、主題歌はフィリピンの第2国歌といわれるほどの熱狂ぶりで、現地の人々が日本語のまま歌えるという。2023年には現地で遂に実写版『ボルテスV レガシー』が連続テレビシリーズとして放送され、映画も製作された。日本で生まれたテレビアニメがフィリピンの大きすぎる愛で実写化され、遂に10月18日より凱旋上映を果たすことになったのだ。そこで本作の演出を務めたマーク A. レイエス V監督に『ボルテスV』に賭ける熱い意気込みを聞いた。『ボルテスV』を実写化するのが長年の夢だったという監督の激アツな談話をお届けしたい。

「作り手独自のアレンジを施すつもりは毛頭ありませんでした」

ーー映画『ボルテスV レガシー』を拝見しましたが、監督以下スタッフ、キャストの皆さんの「俺たちはボルテスが大好きなんだ!」というすごい熱量を感じます。1977年のオリジナル版のイメージを損なうことなく、2024年の実写映画として申し分ない完成度ですね。

マーク A. レイエス V(以下、レイエス):小さな頃から『ボルテスV』が大好きだったので、監督業、脚本業を長くやってきた私にとって、ボルテスの実写化は一番のドリームプロジェクトでした。1978年のフィリピンのテレビで初めて『超電磁マシーン ボルテスV』を観たのは9歳の時です。他の日本のロボットアニメも放送していましたが、特に惹かれたのが“家族の物語”である『ボルテスV』でした。私が幼い頃に父を亡くし、父親がいない剛兄弟に自分を重ねていたせいもあるかもしれません。そのアニメの実写化を実現に漕ぎつけることができて大変嬉しいです。

ーー日本の漫画やアニメなどのサブカルチャーが海外で実写映画化されると、マーケティングの都合などでファンが落胆する内容になることが多かったように思います。『ボルテスV レガシー』は、監督の「決してファンを裏切るものか」という強い意志が感じられました。

レイエス:ファンにとって残念な結果の実写作品が出来上がるのは、スタジオから企画をあてがわれて仕事をする職業監督が撮るからです。何より私自身が『超電磁マシーン ボルテスV』の大ファンですから、職業監督の気分で取り組む気は、最初から全くなかったんです。「この原作を我々はこう解釈しました!」みたいな作り手独自のアレンジを施すつもりも毛頭ありませんでした。オリジナルを変えることなく損なわず、どれだけ忠実に映像化できるか? 『ボルテスV』の本質はどこにあるのか? テレビシリーズも今回の長編映画も、そのエッセンスを抽出することに最も気を付けながら取り組んでいます。

『ボルテスV』がフィリピンで愛された真相とは

ーーなるほど、素晴らしいですね! ところで主題歌「ボルテスVの歌」がフィリピンで親しまれていることは私たちもよく知っていますが、そもそもなぜ『ボルテスV』という作品が、そこまで深くフィリピンの皆さんの心に刺さったのか。その背景については、実は日本でも詳細は知られていないのです。

レイエス:それには様々な理由がありますが、私が思うに、惹かれる要素は大きく4つあるんじゃないかと考えます。順を追って話しますが、1つめは物語の根底に流れる“家族”というテーマが人々の心に訴求したのではないかと……。兄弟愛、親子愛、母親が自らを犠牲にして子どもを守ること、それから兄弟に父親が不在であること。フィリピンは家族中心の社会なんです。家族を描いた物語である点にみんなが共感したのだと思います。2つめは政局のドラマが影響したんじゃないかな。当時フィリピンではいろいろな政権のゴタゴタが起きていましたから、そうした圧政に抗う気持ちとか、階級闘争、弾圧を受けている側が解放に向けて頑張るといったストーリーラインが当時の視聴者の心を動かしたと思います。

ーービッグファルコンは家族のドラマ、ボアザン星は支配階級の下層側が平和を勝ち取るドラマ、敵味方双方の物語が受けたということですね。

レイエス:その通りです! そして3つめですが複数のマシンが合体するロボットという要素。もともとフィリピンは第一次産業国というか農業国だったので、この作品が登場するまでは、神話の中にロボットやメカが組み込まれるような文化がありませんでした。特に巨大メカに憧れを持っている若年層は、磁石に吸い付く鉄のように『ボルテスV』に強く引きつけられました。5台のマシンが合体して巨大ロボットになるという設定が注目されたと思います。4つめは玩具ですね。「成績が良くなったらボルテスVの玩具を買ってあげるよ」というような家族行事にもなって、こんなことが全国のあちこちで繰り広げられました。そういった複数の要素がひとつになって、国民的な人気になっていったんじゃないかなと思います。先ほどおっしゃったように、もちろん主題歌の良さもあります。再放送に再放送を重ねて、ずーっと続いているものですから、みんな自然に日本語で歌えるようになっていきました。「ボルテスVの歌」はとてもキャッチーな曲ですし、エンディングの「父をもとめて」は、胸に沁みるセンチメンタルな名曲ですね。フィリピンの人々はセンチメンタルな楽曲を好みますので、カラオケに行っても、皆さん普通に日本語でこれらの曲を歌います。

ーーフィリピンの皆さんの間で、アニメの『ボルテスV』の人気のある要素というのは、具体的にどんなところでしょうか?

レイエス:それはたくさんあるのですが……あえてトップ3を挙げるとしたら、まず5台のマシンの発進シーンです。子どもの頃の私も興奮して、魅了されました。専用ポッドに5人がそれぞれ乗り込み、ボルトマシンに搭乗してビッグファルコンから発進する一連のシークエンスは、『ボルテスV レガシー』でも忠実に映像化できたと思います。次に挙げられるのが合体シーン。ボルテスVをボルテスVたらしめているのは、アニメでも実写でも合体シーンなんです。5台のボルトマシンが「レッツ・ボルトイン!」のかけ声で一つのロボットに変形するのは、最大の見せ場です。あの有名な「ボルテスVの歌」にのせて、超電磁サーガの最も象徴的なシーンが展開されます。この実写映画がフィリピンで公開された時、劇場の大スクリーンでボルトインのシークエンスを観た観客は息を吞み、拍手し、子どもの頃に戻ったようだと言って感動の涙を流してくれました。そして何といっても、剛兄弟の母親・剛光代の死です。この感情を揺さぶられるショッキングな展開こそ、『ボルテスV』が1970年代の他のロボットアニメと一線を画す部分ではないでしょうか。自分の子どもたち、ひいては地球を救うために、自らを犠牲にする彼女の英雄的な行為は、母系社会であるフィリピンの観客に何十年にもわたって愛されるアニメとなった理由だと思います。

関連記事