菊池和澄になぜ引きつけられる? 『虎に翼』田沼役の“感情の揺れ”が生む物語の奥深さ

 また、原作小説では犯人の心情表現のみで展開されたラストの部分を、ドラマ版では千織の行動を引き起こした感情変化も一緒に描くことで、作品全体のやるせなさや切なさをわかりやすく表現することに成功している。この描写で最も重要なのが、千織にマイナスな感情が生まれたことをわずかな表現で示すこと。原作小説の行間にあたる「自分と付き合っていることを隠そうとする彼氏への不満」を、菊池はたった数秒映る表情のみで表現していた。ずっとかげりのない人物であった千織にも、寂しさや辛さがあったことまで表現されているからこそ、実写ならではの『十角館の殺人』が出来上がったといえるだろう。

 菊池が元来持つ清廉な雰囲気とそれが崩れた瞬間の感情の揺れには、視聴者の興味をグッと引きつける力がある。そして、その求心力は作品が示すテーマ性を後押しすることにも繋がっているのだ。

 思えば、第3週では女子部での学びに奮闘する寅子のエピソードを本筋としつつも、花江と寅子の母・はる(石田ゆりこ)の互いにフラストレーションを溜めてしまう関係性を描き、家族になることの難しさも描いていた。『虎に翼』は、本筋の他にもいくつかのストーリーやそれにともなう感情の揺れを見せていくことでテーマを表現し、常に奥行きのある展開を叶えてきたのだ。

 猪爪家と関わることで田沼に生まれる感情がプラスにしろマイナスにしろ、田沼の感情の揺れはさまざまな家族の形を描いてきた『虎に翼』に、新たなスパイスを加えてくれるだろう。

■放送情報
NHK連続テレビ小説『虎に翼』
総合:毎週月曜〜金曜8:00〜8:15、(再放送)毎週月曜〜金曜12:45〜13:00
BSプレミアム:毎週月曜〜金曜7:30〜7:45、(再放送)毎週土曜8:15〜9:30
BS4K:毎週月曜〜金曜7:30〜7:45、(再放送)毎週土曜10:15~11:30
出演:伊藤沙莉、岡田将生、石田ゆり子、岡部たかし、仲野太賀、森田望智、上川周作、平岩紙、三山凌輝、毎田暖乃、青山凌大、今井悠貴、和田庵、菊池和澄、名村辰、松川尚瑠輝、野添義弘、ドンペイ、滝藤賢一、松山ケンイチ
作:吉田恵里香
語り:尾野真千子
音楽:森優太
主題歌:米津玄師「さよーならまたいつか!」
法律考証:村上一博
制作統括:尾崎裕和
プロデューサー:石澤かおる
取材:清永聡
演出:梛川善郎、安藤大佑、橋本万葉ほか
写真提供=NHK

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