『寄生獣 -ザ・グレイ-』なぜ原作ファンに認められる結果に? シリーズのテーマを考察
原作漫画とは一風変わった趣向だが、『新感染 ファイナル・エクスプレス』(2016年)を手がけ、近年ではNetflix配信作品で精力的に作品を発表しているヨン・サンホ監督は、本シリーズで大幅に改変した脚本の執筆を同時に務めるにあたり、講談社の担当者にアイデアを共有すると、原作者・岩明均からの快諾を得て、「ヨン・サンホ監督は 『寄生獣』のファンだから自由に撮ってほしい」という、ほとんど白紙委任とも受け取れるような言葉を伝えられたのだという。(※)これは、ヨン・サンホ監督のアイデアが秀逸だったともいえるし、原作者の映像化に際してのスタンスが影響しているともいえよう。
ヨン・サンホ監督の演出や脚本は、ユーモラスな方向も得意だといえるが、本シリーズにおいてはダークなテイストで捜査や頭脳戦を中心に描いたものになっている。全体がシリアスなトーンになったのは、近年の映画『ヴェノム』シリーズのような、同じ肉体を共有する主人公たちの漫才のような掛け合いが、本シリーズでは排除されたことが大きいだろう。
しかし、全体の雰囲気がほとんど別ものとなり、設定や物語の展開が大幅に変わったことで、むしろ原作ファンは見やすい内容になったともいえるのではないか。なぜなら、原作のようなストーリー展開をそのまま映像で再現してしまうと、原作との違いの一つひとつがむしろ際立ってしまうことになるからだ。名作として多くの読者に愛された内容だけに、そういう構造での作品づくりを捨てることにしたヨン・サンホ監督の選択は賢明だと感じられる。
とはいえ、そうなると逆に難しくなるのは、原作と比べられるだけの内容が求められるということだろう。とくに漫画『寄生獣』は、ストーリーの内容の深さ、知的かつ壮大なテーマへの評価が高い。ヨン・サンホ監督は、そんなハードルに果敢に挑戦したということなのだ。もちろん、ボリュームのある原作に比べ、6つのエピソードで構成される本シリーズでは、現時点でテーマの大きさ、深さともに原作にまでは及んではいないが、それでも限られた時間のなかで、原作の要素やテーマを上手くピックアップしながら、見応えのあるオリジナルストーリーを完成させているのである。
漫画原作の実写映画、ドラマ作品では、原作の名場面を再現するダイジェストのような内容になったり、表面的な表現に終始してしまう場合もあるが、優れた脚本の力、演出の力があれば、別個の作品として、むしろファンからも認められるものになり得る。この事実は、クリエイターの手法や製作の方針として、ぜひ日本の業界でも参考にしてほしいところだ。
さて、本シリーズで描かれるテーマとは何なのだろうか。その一つは、人類とパラサイトたちの生き方の違いだ。人間は社会性を持ち、互いに協力したり作業を分担することで、集団として大きな力を持ち、さまざまな危機や一つの目的に対して“群れ”としての効果的な取り組みをすることができる。パラサイトにしてみれば、一人ひとりの人間は難なく倒せるものの、大勢が考えながら対抗してくれば太刀打ちができないのである。
しかし、人間が社会性を持つ存在だからこそ、危うい点もある。それは、集団のトップといえる、政府や権力がひとたび暴走をしたとき、集団としての人間はおそろしい方向へと進んでしまうという部分だ。本シリーズでは、かつての戦争の英雄を讃えるイベントを市長が政治利用し、大統領選出馬への足掛かりを得ようとする展開も描かれ、そんな状況をパラサイトがさらに利用しようとする。
それは、本シリーズに限った問題ではない。現実においても、社会を構成する市民たちが、素朴な愛国心や偏見を利用されて、国家や自治体が誤った方向へと進み、最終的に悲劇を迎えるという流れは、歴史のなかで何度も何度も繰り返され、現在もさまざまな場所で継続されていることだ。本シリーズでは、パラサイトによる危機に対抗する人類の強さを描きながら、“群れ”であるからこその危険性をも暴き出しているのである。
では、そんな危険に対して、人類はどういう考えを持つべきなのか。それが、対立する存在同士の相互理解と“共生”だと考えられる。人間を捕食するパラサイトは、人類にとって確かに天敵のような存在だといえる。だが、パラサイトもまた人間同様に複雑な思考を持つことのできる存在であり、集団を作ることもできる以上、排除することにこだわって追いつめれば、危機に立たされた側は生存のために、どんな方法を使うか分からないのだ。
人類が真に平和を望むのであれば、パラサイトとの対立を解消し、何らかの方法で共生できる道を探るべきなのかもしれない。その希望となるのが、同じ身体を共有し、すでに“共生”を実践している存在である、スインと「ハイジ」だといえるのである。本シリーズは、現実の国家間の対立や、敵対する人間同士の関係を、パラサイトたちと人類との問題に結びつけている。
冒頭で原作同様に述べられ、暗示されているのは、地球の生物たちにとっての持続可能な環境が、人類に脅かされているという問題だ。自然破壊を繰り返し、互いを殺すために殺戮兵器すら使う人類は、果たして存続するだけの価値がある種なのかが、ここでも原作と同じく問われているのである。本シリーズ『寄生獣 -ザ・グレイ-』は、そこでもう一度立ち止まって、未来への生存の可能性を、新しく示したと言えるのではないだろうか。
岩明均作品といえば、同様の問題が描かれる『七夕の国』の日本のドラマシリーズが、今度はディズニープラスから、2024年7月から独占配信されることが明らかになっている。本シリーズと比べ、こちらはどのようなアプローチがとられることになるのだろうか。楽しみにしたい。
参照
※ https://www.cinematoday.jp/page/A0009137
■配信情報
Netflixシリーズ『寄生獣 -ザ・グレイ-』
Netflixにて配信中
原作:岩明均『寄生獣』(講談社)
監督:ヨン・サンホ
脚本」ヨン・サンホ、リュ・ヨンジェ
出演:チョン・ソニ、ク・ギョファン、イ・ジョンヒョン、クォン・ヘヒョ、キム・イングォンほか
制作:Climax Studio、WOWPOINT
©︎岩明均/講談社