『白鍵と黒鍵の間に』に刻まれた池松壮亮の“魂” 余韻が残り続ける最高の音楽映画に

『白鍵と黒鍵の間に』に刻まれた池松壮亮の魂

 2023年、脅威のロングヒットを記録したアニメ映画『BLUE GIANT』。先日の第47回日本アカデミー賞で「最優秀音楽賞」を受賞し、公開から約1年が経ったこのタイミングで、今作に興味を持った人や改めて鑑賞したいと思った人は多いのではないかと思う。また、『BLUE GIANT』と同じくジャズを題材にしたピクサー映画『ソウルフル・ワールド』は、もともと2020年にディズニープラスで配信された作品ではあるが、4月から映画館で初公開されることが決まっていて、昨年から今年にかけて、ジャズを扱う作品の公開が立て続いている状況が生まれている。

 そうした流れの中で今回紹介するのが、昨年10月に劇場公開され、3月20日にBlu-ray&DVDがリリースされる日本映画『白鍵と黒鍵の間に』だ。もしかしたら、これまで意識的にジャズに触れたことがない人の中には、ジャズをテーマにしている今作に対して、一定の距離感や敷居の高さを感じている人もいるかもしれない。今回は、今作が誇る魅力をいくつか挙げながら、ジャズに関する知見の有無や興味の深さを問わず、誰もが楽しめる作品であることを伝えていきたい。

 まずはじめに、今作のあらすじがこちら。

「舞台は昭和末期の夜の街・銀座。夢を追う男と夢を諦めた男、音楽好きのヤクザの会長と出所したばかりの“謎の男”、アメリカ人の歌姫やベテランのバンマスらが入り乱れ、現実と幻想の間を駆け抜ける狂騒の一夜が繰り広げられる」
(映画公式サイトより)

 原作は、現役のジャズミュージシャンである南博が2008年に発表した『白鍵と黒鍵の間に』。出版元である小学館の公式サイトには、「日本有数の人気ジャズ・ピアニスト・南博が綴る、爆笑と感動が連続する修業時代の青春回想記」という紹介文が掲載されていて、この本はその言葉が指すように、南博が若き日にピアニストとしてキャバレーや高級クラブを渡り歩いた青春の日々を綴った回想録である。

 ここまでの情報を受け取った人は、あらすじにおける「夢を追う男」がこの映画の主人公なのだと想像するかもしれない。ただ、それは半分は正しく半分は誤りである。監督の冨永昌敬と共同脚本を手掛けた高橋知由は、原作を大胆にアレンジして、南博の人生を、「南」と「博」という2人の人物に分けて表現した。

『白鍵と黒鍵の間に』

 まず、南は、3年前に活動の場をキャバレーからクラブへ移し、華やかなステージでピアニストとして生計を立てるが、自分が本当に弾きたいジャズを弾く機会に恵まれず、「俺は一体、何をやってるんだ」と葛藤し続ける男。

 一方、博は、言うなれば、「3年前の南」で、キャバレーで歌謡曲やブルースを弾く日々の中で、自分は本当はジャズを弾きたいという葛藤にかられ、人生を変えるためにクラブへと乗り出した男。今作において両者が直接的に交わることはないが、2人は、「ジャズを弾きたい」「ジャズピアニストになりたい」という志を共にしており、それはまさに、原作者・南博が若き日々に一貫して抱き続けてきた想いである。今作の青春群像劇としてのビターな味わいや、南と博が放つ瑞々しいエネルギーは、音楽の趣向の違いを越えて多くの人々の心を動かし得るものであると思う。

『白鍵と黒鍵の間に』

 夢を叶えるためにキャバレーからクラブへ移った博。クラブで3年間を過ごす中で冷たい現実に直面し夢を諦めかけている南。その2人の人物を一人二役で演じているのが、池松壮亮だ。同じ人物をもとに生まれた2人のキャラクターではあるが、「夢を追う男」と「夢を諦めた男」は、抱いている想いや発露する感情が大きく異なる。その2つの人生を繊細な演技力を通して体現し分けていく池松の演技力に、全編を通して何度も深く惹き込まれる。

 何より特筆すべきは、ジャズピアニストとしての演奏シーンだ。音楽を描く映画において、音楽そのものをどのように表現するかは非常に重要で、ハイライトの一つである南が「ゴッドファーザー 愛のテーマ」を弾くシーンは、代役を立てずに池松が自らピアノを演奏している。その堂々たるピアニストとしての振る舞いと華麗なタッチがとても素晴らしい。

【特典映像】主演の池松壮亮・仲里依紗・森田剛・高橋和也の豪華キャストによるインタビュー映像を一部特別公開|映画『白鍵と黒鍵の間に』Blu-ray&DVD 3月20日発売

 メイキング映像によれば、池松は、約1カ月の撮影期間に向けて、約半年間できる限り週1でピアノのレッスンに通い続けたという。実家にピアノがあり、中学生の時に合唱コンクールで伴奏を務めた経験はあるものの、それ以降のピアノ経験はなく、本人いわく、ピアノは「触ったことがある程度」。そこから、スクリーン上で若きジャズピアニストとしての説得力をもたせるレベルまで到達するまでの鍛錬は、もはや想像を絶する。2023年、『シン・仮面ライダー』の撮影を通してタフな役者魂を見せつけていたのも記憶に新しいが、改めて、池松の俳優としての底力に圧倒された。

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