スピルバーグ製作総指揮『マスターズ・オブ・ザ・エアー』が呼び覚ます善悪についての考え
3話までの時点で印象深いのは、アンソニー・ボイルが演じる、ハリー・クロスビー中尉の役割だ。彼は、飛行機の進路をナビゲートする「航空士」として爆撃機に搭乗しているが、飛行機酔いに弱いという弱点があり、その影響で致命的な測量ミスを犯し、搭乗員全体が窮地に陥ってしまうことになる。機内でひたすら計算し続けるという地味な仕事でありながら、その出来次第で死に直面しかねない重要な存在が、航空士なのである。そんなクロスビーが、新たな任務で失敗を取り戻せるかどうかに注目が集まる。
そして3話では、ついに爆弾投下に向けて隊の機が次々と危険な空域へと突入していくことになる。爆弾を投下するということは、当然ながら敵地の上空まで飛行しなければならない。重要な拠点を守るため敵側が警戒するなか、目的地まで恐怖にさいなまれながら攻撃に耐え続けるには、死への覚悟を決めなければならない。そんな精神状態を知ることが、本シリーズの醍醐味だといえよう。
このような、若者たちの極限の状況や友情関係が、ときに残酷に、ときに叙情的に映し出される、全9エピソードは、『007 ノー・タイム・トゥ・ダイ』のキャリー・フクナガら複数の監督が演出を務めている。バックとバッキーの運命の行方を見守ることを含め、最後まで追っていきたいシリーズである。
一方で、爆撃を題材とした本作が、スティーヴン・スピルバーグの手によって送り出されている点には、懸念される点もある。なぜかといえばスピルバーグは最近、2023年10月にイスラエルで起こった、イスラム組織ハマスのイスラエル市民への攻撃について、非難する公式コメントを発表しているからだ。(※)
もちろん、ユダヤ系として事件に巻き込まれた人々の側に立った発言をすることには何の問題はない。しかし、その後のイスラエル軍による、多数の子どもを含めた死者を出し続けている報復行為の方には言及しなかったことで、一部から失望の声が挙がっているのだ。ハマスの凶行に近い実際の事件を描いた『ミュンヘン』(2005年)では、両者の事情について慎重な描き方をしていたスピルバーグであっただけに、違和感をおぼえたファンは少なくないかもしれない。
アメリカが大筋で支援しているイスラエル軍がガザ地区を空爆し、多くの人命を奪った現実があるなか、爆撃隊を英雄として描いている本シリーズの内容を楽しむことについて、題材になっているのがホロコーストを起こしたナチスドイツとの戦いであるとはいえ、視聴者がいま躊躇する感情が生まれるというのは、無理がないことだとも思える。とりわけ、日本人は米軍が日本の各都市を空襲し、原子爆弾を投下し、多くの民間人が恐ろしい被害を受けた歴史を知っているし、逆に日本軍が中国の都市を空爆した事実も知っているはずだ。
どのような感情を持つにせよ、このタイミングで配信されることになった本シリーズ『マスターズ・オブ・ザ・エアー』が、歴史問題や、戦争における暴力、善悪についての考えを、あらためて観る者に呼び覚ますことは避けられないだろう。戦争映画、ドラマは、そういった部分も含め、感覚を研ぎ澄ませて鑑賞するものでもあるのである。
参照
※ https://www.cnn.co.jp/showbiz/35212408.html
■配信情報
『マスターズ・オブ・ザ・エアー』
Apple TV+にて配信中 毎週金曜新エピソード配信(全9話)
画像提供:Apple