『僕が宇宙に行った理由』平野陽三監督が語る宇宙での撮影体験 貴重な12日間の宇宙旅行
「プロの宇宙飛行士はみな人格者だった」
――作品を構成するにあたってこだわった点を教えてください。
平野:尺ですね。最初は2時間くらいにまとめたんですが、中だるみしてると感じたので、最終的には90分に収めると決めました。前半の訓練シーンが長いと感じる人がいるかもしれませんが、迫力ある打ち上げと美しい地球に一時間かけて到達する、そこまで耐えてようやく感動を与えるという点にはこだわりました。
――打ち上げシーンは劇場ならではの迫力が生かされています。監督はその瞬間、ソユーズの中にいるわけですが、船内からは打ち上げはどんなふうに感じるのですか?
平野:打ち上げの瞬間は窓もカバーに覆われていて何も見えません。機械に囲まれて座っているだけで、時間になったら船長がボタンを押して、センサーで今上空何キロ地点なのかを確認するんです。打ち上げのタイミングが一番危険だと言われているし、管制室から指示が飛び続けているので、あまり騒げる雰囲気ではなく、じっと噛み締めながら飛ぶという感じです。
――打ち上げを外て見ている人たちの興奮と、中の3人の静かな対比をカットバックで見せるのも面白かったです。
平野:自分が飛ぶ前に現地で2回ほど打ち上げの現場を見ているんですが、誰だか知らない人が載っているのに涙が出るほど感動したんです。その時の記憶が鮮明にあったし、地上班の撮影スタッフの映像を見てもやはりみんな感動しているので、その映像を使わせてもらいました。
――本作を観て、宇宙に行くためにはお金を払うだけでなく過酷な訓練があることを知った人も多いと思います。訓練はやはり大変でしたか?
平野:大変でした。言語の壁もありますし、この年になって新しいことをイチから勉強するのも、なかなか頭のスイッチが入らなかったです。平日5日間、朝9時から夕方18時まで勉強かトレーニングをする生活で、さらに、コロナ禍だったのでどこにも外出できませんでした。でも、みんなで合宿をしているような感じでワイワイと訓練できたので、楽しくもありました。
――ISSでの生活はいかがでしたか? ISSでのは平和の象徴と言われますが、いろいろな国の人が共生している空間なんですよね。
平野:みなさん仲がすごく良いんです。NASAの人もロシアの人も分け隔てなく接していて、そういう誰とでも仲良くなれる人が宇宙飛行士になれるんだろうなと思います。みんな、人格者なんですよ。
――宇宙から帰還する時の感覚はどんなものですか?地上に落ちる時は粉塵も上がっていてかなり衝撃がありそうに見えます。
平野:まず、大気との摩擦でGがかかり始め、5Gか6Gくらいまで上がります。数分間ですがかなりの圧迫感で、腹筋に力を入れて足を踏ん張って気を失わないようにしないといけないレベルでした。大気圏に入ると1Gに戻ってパラシュートを開く瞬間に一番大きな衝撃があります。宇宙飛行士の方が、例えるなら洗濯機の中に入ったスマホのような状態と言っていて、たしかにそれくらいの衝撃でした。そして最後のタッチダウン(着陸)でもう一回衝撃がありますが、着陸の瞬間に逆噴射して衝撃を和らげる仕様になっているので、見た目ほどの衝撃ではなかったです。
「前澤友作の変化と平和への願い」
――本作はもともと映画作りのために撮影を始めたわけではないそうですが、帰還後、映画を作ろうと思った動機はどこにあったのですか?
平野:ロシアとウクライナ情勢です。地球に帰還して2カ月後にロシアがウクライナへ軍事侵攻を始めて、ずっともやもやしていていました。宇宙で前澤さんと平和について話していたこともあって、僕らはロシアにお世話になった分、悲しみも怒りもあったので、作品としてひとつのメッセージを出すことができるかもしれないと思い、映画にしようと思ったんです。
――前澤さんが平和について語るシーンがいくつかありますが、普段からああいうことを言うのですか?
平野:はい、普段から言いますね。
――前澤さんの「変化」について作中でいくつか言及があります。メディアから心境の変化をたくさん質問されて「変わんないといけないのか」と少し不満を覚える様子も映し出されますが、実際に人生観がガラッと変わったわけではないですよね?
平野:そう思います。映画の結末もささやかな変化というか、大きく考えていたものが、小さな個に向き始めたみたいな感じになっていますけど、それで良かったと思っています。宇宙とはいえ、12日間行っただけで大きく変わり何かを始めたというのは、嘘っぽいですし。
――正直さがこの映画の美徳ですね。
平野:言ってしまえば何も起こっていないんですよね、この映画。宇宙に行って帰ってきただけで。一応作ってはみたものの、映画として成立するか心配でした。衝撃的な事故があったわけでもなく、大きな変化や成長があって活動家になったとかでもないので。そのかわりに、宇宙に行くためにどんなプロセスがあるのかをくまなく見せることは最低限のドキュメントとして残そうと決めていました。
――平野監督自身も大きな変化はないですか?
平野:正直に言いますが、それがそんなに以前と変わらないんですよね(笑)。でも、僕は連れて行ってもらった立場で変わってないって言うのも失礼な気がして、かといって大きく変わったというのは嘘だし、答えづらい質問です(笑)。プロの宇宙飛行士の方は、国のミッションと大義を背負っておられるし、前澤さんは自らの夢を叶えるために自分が築いた莫大な資産を使って宇宙まで行きましたし、僕とは一緒にできないと思っています。ただ、宇宙を体験させてもらった数少ない人間の一人として、こうして使命感を持って映画としてアウトプットできたことは、少しは成長できたのかなと思います。
――最後に、本作を観た方に感じてほしいメッセージをお願いします。
平野:タイトルの『僕が宇宙に行った理由』というのは、「宇宙に行ってまで何がしたかったのか」ということなんですけど、ともすれば陳腐になりがちな言葉、平和や夢、挑戦、そういうものも宇宙から地球を俯瞰することで説得力や信ぴょう性を帯びてくるから、それを発信しに宇宙まで行ったんじゃないかというのが僕なりの考察です。前澤さん本人に聞いたわけではないですけど、宇宙から地球を眺めて、そういう言葉をつぶやきに行ったんじゃないかと。そういうことを感じ取ってもらえればいいなと思います。
■公開情報
『僕が宇宙に行った理由』
全国公開中
出演:前澤友作、アレクサンダー・ミシュルキン、平野陽三、小木曽詢、山崎直子
監督:平野陽三
製作:SPACETODAY
制作:ON Inc
制作協力:AOI Pro.
配給:ナカチカピクチャーズ
宣伝協力:サニーサイドアップ
2023/日本/カラー/DCP/5.1ch/89分
©2023「僕が宇宙に行った理由」製作委員会
公式サイト:whyspace-movie.jp
公式X(旧Twitter):https://twitter.com/whyspace_movie