『宇宙よりも遠い場所』はいしづかあつこ監督の才能耀く傑作だ 高校生の選択が問うもの

 TVアニメ『宇宙(そら)よりも遠い場所』(通称『よりもい』)がNHK Eテレで再放送されている。元々は2018年に放送された作品で、「少女たちが南極に行く」という夢のあるストーリーの中で、何かを始める大切さを強く感じさせてくれた。6年経った今、『よりもい』を観る人はそこから何を受け取るのか。

いしづかあつこ監督作『宇宙よりも遠い場所』NHK Eテレで2024年1月6日より放送決定

アニメ『宇宙よりも遠い場所』が、2024年1月6日よりNHK Eテレで放送されることが決定した。  本作は、『グッバイ、ドン・…

 2023年末から『僕が宇宙に行った理由』という映画が公開されている。通販サイトのZOZOを創業した前澤友作が宇宙ステーションに行った“大金持ちの宇宙観光”の舞台裏が明かされたドキュメンタリーで、過酷な訓練をこなす前澤の姿が観光旅行のような安易なものではなかったことを教えてくれる。

 それでもなお、大富豪が大金を払って宇宙に行くことの是非を考える人は、TVアニメ『宇宙よりも遠い場所』を観ると良いだろう。何かをやりたいと思う気持ちに異論を唱える権利は、他の誰にもないのだということを感じ取れるから。

「あなたは何をしたいのか」を問われる物語

オリジナルTVアニメーション『宇宙よりも遠い場所』PV

 『宇宙よりも遠い場所』は、キマリこと「玉木マリ」という名の女子高生が主人公。2年生になって自分がまだ何もしていないことに気付いて号泣するが、それで一念発起することはなく、「学校をサボる」ことすら実行に移せないまま、同級生で幼なじみの高橋めぐみを相手に愚痴をこぼし、そんなキマリをめぐみが見守る温い関係が出来上がっていた。

 そこに変化が訪れる。ある日、走っていた少女が落とした封筒を拾ったら、中に100万円もの大金が入っていた。着ていた制服から同じ高校の生徒だと気付いて探していたところ、別のクラスの小淵沢報瀬が落とし主だと分かった。大金を持っていた理由も南極に行くためだと聞き、そうした理由を生徒たちからバカにされても、絶対に信念を曲げない報瀬に強く惹かれたキマリは、「一緒に行く?」と誘ってくれた報瀬と南極を目指して動き始める。

 そんなストーリーの第1話「青春しゃくまんえん」から始まった『宇宙よりも遠い場所』は、続く第2話「歌舞伎町フリーマントル」でキマリが南極に行くならまずはお金が必要だと、コンビニでアルバイトを始める。そして、バイト先で知り合った三宅日向という少女も巻き込んで、報瀬が立てた南極観測船に乗り込むためのある作戦を実行に移す。

 女子高生が考えることだけに稚拙な作戦で、さすがに無理だろうという言葉が口をつきそうになる。けれども、そこで自分に問い直そう。だったら自分は何をしてきたのかと。何かをしようとしているのかと。

 報瀬には、南極で行方不明となった観測隊員の母親を探しに行きたいという強い思いがあった。だから、できることなら何でもやろうとした。それが甘くて穴だらけの作戦だったとしても、無理だと責めるべきではない。なぜならそこで一歩踏み込んだからこそ、キマリたちは南極に大きく近づいたのだから。

 どういうことかは放送を観てもらうとして、キマリ、報瀬、日向の3人が歌舞伎町に行って白石結月という名の少女に自分たちの存在を知ってもらえたことが、南極への道をつなげたとだけは言っておこう。動くことには意味はあるのだと感じたくなる展開だ。

他人の選択に批判をする人たちに向けた問い

 結果、4人の少女が南極に向かって歩み始めることになって、訓練をこなしたり過酷な船旅を乗り越えたりといったドラマが繰り広げられる。そうした南極行きにまつわる興味深いエピソードであり、南極そのものの魅力といった部分だけが『宇宙よりも遠い場所』の面白さではない。というより南極はあくまでも目標であり象徴であって、そこに挑む気持ちの方が重要なのではないかと思えてくる。

 それというのも、物語ではキマリたち4人の少女が、「南極行き」をきっかけにして、それぞれが壁を乗り越えようとしている姿が描かれていくからだ。報瀬には母親を探すという目的があるが、存命を信じているというよりは、南極行きなどムリだと言った周囲を見返したいという気持ちがあった。キマリは何もしてこなかった自分が熱中できることのひとつとして南極行きを選んだ。

 日向は他人と合わせることが苦手で高校に行かないまま大学を目指そうとしていた中で、その時でしかできないことをやろうとした。そして結月。少しだけ展開に触れるなら南極行きはお仕事で、それが嫌だったところに何かをやろうとして集まったキマリと報瀬と日向に触れて、自分も仲間に加わりたいと思っていた。

 『宇宙よりも遠い場所』は確かに少女たちが南極に行く話だが、観る人に同じように南極に行くことを求めている訳ではない。自分を貫くこと。変わりたいと願うこと。そんな生き方を自分自身で選ぶ大切さを知ってもらおうとした物語なのだ。

 前澤友作の宇宙行きと同じように、キマリや報瀬の南極行きにもさまざまな批判の声が出る。けれども、そうした声がどのような気持ちから出てくるものなのかが物語の中盤で強烈に示されて、批判をする人たちに問いかける。あなたは何をしたいのかを。あなたは何かをしようとしているのかを。

 前澤友作は宇宙に行きたかった。だから宇宙に行った。小淵沢報瀬は南極に行きたかった。だから南極に行こうとした。それに巻き込まれるようにキマリは自分を変えようとした。それが羨ましかったり妬ましかったりしたら、自分でも何かを始めればいいのだ。そうすることで人生をより豊かなものにしていけるのだということを、第13話「きっとまた旅に出る」のラストまで観終わった人なら、強く感じることだろう。

『僕が宇宙に行った理由』が伝える“地球の美しさ” 人を動かす力に溢れる本物の記録映像

企業家・前澤友作の宇宙への旅を追いかけたドキュメンタリー映画『僕が宇宙に行った理由』には、実にシンプルな魅力が詰まっている。 …

関連記事