『死霊館のシスター 呪いの秘密』は主客転倒した作品? シリーズの中での位置づけを考察

 とはいえ、これらの舞台や設定は、ヴァラクというスターを引き立たせるためのものであることは否めない。本作は、新たな恐怖やテーマを設定するというよりは、このモンスターを見せるための映画だという意図を、最初から最後まではみ出すところがないと感じられるのである。

 例えば、ホラー映画の名作『エクソシスト』(1973年)が圧倒的なのは、一つひとつのシーンが、物語を盛り上げる以上に、心に深く刻まれてしまうほどの異様さやショッキングな描写とともに表現されていたからだと考えられる。また、ジェームズ・ワン監督の『死霊館 エンフィールド事件』では、豊富なアイデアから繰り出される、笑ってしまうくらいに斬新な演出の数々によって、ヴァラクが人気を博すことになったのだ。

 そう考えると、本作でヴァラクのために全てを用意するという姿勢は、主客が転倒してしまっているといえないだろうか。本来ならばヴァラクをどう上手く料理し、観客を怖がらせられるかを考えなければならないところだが、ヴァラクを際立たせた作品を成立させることが主目的になっていると感じられるのである。

 『ラ・ヨローナ~泣く女~』(2019年)や『死霊館 悪魔のせいなら、無罪。』(2021年)も撮りあげてきた、本作の監督マイケル・チャベスは、丁寧な仕事をしている点では評価できるが、ジェームズ・ワン監督やデヴィッド・F・サンドバーグ監督などのような、これまで見たことのないようなアイデアでホラー演出をする境地にはまだ達していないと感じられる。

 しかし、本作に登場する少女がフランスの寄宿学校のなかで、20年後にアメリカでロレイン・ウォーレンが見ることになる不吉な夢の一場面を幻視したり、やはり20年後にエド・ウォーレンがキャンバスに描いた修道女の絵を垣間見てしまう場面は面白い。時間と空間が歪められた演出を見せるところは、呪いというものは人間の生きる感覚とは異なる秩序のなかにあることを意識させ、不気味さを強く醸成させることに成功していたといえる。これは、『呪怨』シリーズの清水崇監督がとりわけ得意としている恐怖表現ではある。

 本作がヴァラクに意識を集中させたことで、得られた効果もある。それは、“呪いも極まると神々しくすらある”といった、逆説的な場面である。目から血を流すモーリスの背後に屹立し、燦然と輝いているような悪魔の姿は、クライマックスにおいて、まさに聖なる存在に感じられるように、宗教画のごとく表現されているのである。

 これは、悪魔の修道女の正体である「悪魔ヴァラク」が、じつは天使のような見た目をしているという、実在する作者不詳の悪魔使役の書に記されている内容になぞらえたものだと考えられる。この、聖なる存在のイメージと底知れぬ悪意とが混在するヴァラクの本質的な姿こそが、ヴァラクという矛盾したイメージの根源ともなるものではないのか。そしてそれは、われわれがこのキャラクターに特別な怖ろしさを感じる理由を、端的に説明してくれているのではないだろうか。

■公開情報
『死霊館のシスター 呪いの秘密』
全国公開中
監督:マイケル・チャベス
製作:ジェームズ・ワン
出演:タイッサ・ファーミガほか
配給:ワーナー・ブラザース映画
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公式サイト:shiryoukan-himitsu.jp

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