『呪術廻戦』で描かれる、日常の地続きにある呪いと恐れ 真人たちの強さを推し量る

 渋谷に“呪い”が渦巻いている。その渦中にいるのが特級呪霊だ。第1期で五条悟と対峙した漏瑚、虎杖悠仁と東堂葵をはじめとする高専生と戦った花御、改造人間で虎杖の心を砕いた真人、常夏の様相の隠れ家で海に浮かんでいた陀艮。この4体が中心となる「渋谷事変」は、改めて『呪術廻戦』の世界観が日常の地続きにあることを考えさせられる。

 その感覚は、そもそも現実の街を緻密に再現した舞台設定からすでに存在していた。渋谷におけるキャラクター同士の位置関係は常に動くため、タイムラインとともに追っていくことが重要になっていく。しかし、そこで渋谷を“アイデア”としてだけでなく“実際の地理”として活用することでありえないこと(信じられないような殺戮)に現実味と緊張感を持たせることに成功した。加えて、特にアニメ版では「呪術師」という特殊な設定を持つキャラクターのみならず、私たち視聴者のような“普通な人”をより画面に映すことで「自分ももしその場に居合わせていたら」と考えられるようになっている。しかし、より地続きに感じるのはそこで描かれる恐怖――、“呪霊”の存在そのものが理解しやすいからかもしれない。

 第32話で虎杖が原宿駅構内で戦った呪霊、蝗GUYが良い例だ。蝗GUYはバッタの呪霊で、人の言葉が話せた。言語が話せる呪いは漏瑚たちのような特級と考えられやすいが、蝗GUYに関しては2級程度の呪霊であり、虎杖との圧倒的な力の差によって容易く散った。しかし、それは蝗GUYが日本で生まれたバッタの呪霊だからだろう。劇中の説明でも触れられていたように彼は人々の「蝗害への恐れ」から生まれた呪いだ。蝗害といえば思い浮かべるのが飢饉。日本ではあまり馴染みのないことだが、アフリカなど国土の広い国において蝗害は深刻な問題である。実際に2020年、アフリカ大陸では1平方キロメートルあたり4,000万匹のサバクビトバッタが確認され、非常事態宣言が発令された。1日で3万5,000人分の農作物や食料に被害が及んでいることから、その被害は尋常ではない。もし蝗GUYがアフリカで生まれたら、間違いなく特級レベルの呪霊だっただろう。

  この「人々が持つ恐怖のイメージの強さ」が呪霊の強さそのものになっていく設定は、『チェンソーマン』に登場する悪魔の概念と似ている。恐れられているものほど強い。そのため都市伝説や怪談など昔から伝承されてきたような存在や、自然そのものが畏怖の対象として顕在すること自体納得がいく。夏油が使役していた仮想怨霊「口裂け女」や日本昔話に出てきそうな「虹竜」、肝試しが行われていた「八十八橋の呪霊」が前者の類である。だからもし日常的なエピソードがもっと続いていたら、「トイレの花子さん」や「テケテケ」のようなものから「貞子」や「伽耶子」といった有名なホラー映画のお化けが登場していたかも、なんて考えると面白い。

  ただ、それらお化けや妖怪以上に、昔から火山&地震大国の日本は大地を恐れ、漁師は海の神に祈り、森を崇めた。漏瑚は大地、陀艮は海が発生源の特級呪霊だが、花御に関しては呪霊というより精霊の立ち位置に近い。負の感情の中にも神聖なものに対する恐怖や後ろめたさが折り重なって生まれた存在だと、作者・芥見下々は公式ガイドブックにて語っている。オープニング映像で彼らが壁画に描かれているのは原作にないオリジナルの演出だが、「古来より人々に恐れられているもの(それ故の特級)」としての説明を視覚的に一瞬でクリアしていて、素晴らしいものだった。

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