「わしは、戦なき世を作る。この世を浄土にする。そう心に決めてきた！」

　やはり、それが今回のNHK大河ドラマ『どうする家康』が描き出す家康（松本潤）の確固たる行動原理なのだろう。「桶狭間の戦い」の余波で窮地に立たされた家康が逃げ込んだ岡崎の大樹寺で、ふと目にした「厭離穢土欣求浄土（おんりえどごんぐじょうど）」という仏教の教え。「穢れたこの世を離れ、極楽浄土に行け」ーーそう解釈した家康は、幼少期に織田信長（岡田准一）によって刷り込まれた「地獄のような現世」を離れるため、自らの命を絶とうするもままならず、たまたまそこに居合わせた若者……のちの榊原康政（杉野遥亮）から「それは違う」と諭されるのだった（第2回「兎と狼」）。「厭離穢土欣求浄土」は、「あの世に行け」という意味ではなく、「穢れたこの世をこそ、浄土にすることを目指せ」という教えなのではないかと。少なくとも自分はそう教わったと。「厭離穢土欣求浄土」ーーそれはいつしか、家康の「旗印」として、幾多の戦場ではためくことになるのだった。

「秀吉に屈することは……断じてない！」

　そう家康が宣言することで幕を開けた第33回「裏切り者」。「小牧長久手の戦い」の緒戦で大勝利を上げつつも、総大将である織田信雄（浜野謙太）が独断で秀吉（ムロツヨシ）と和議を結んだため、家康軍は微妙な状況に陥ってしまうのだった。秀吉の要求に応えて、ひとまず息子・於義伊（のちの結城秀康）を養子（人質）に出すことにしたけれど、それでも秀吉の要求は収まらない。さらなる人質と、家康自ら大坂に上って、秀吉に跪くことを求めてきたのだ。

「戦に勝ったのに、なぜ？」

　納得がいかない家臣たちーーとりわけ、主戦派である本多忠勝（山田裕貴）、井伊直政（板垣李光人）、榊原康政は不満気で、その矛先は家康の名代として秀吉との交渉を続ける石川数正（松重豊）へと向けられていく。しかしながら数正は、断固して家康に進言するのだった。「秀吉の臣下に入るべきと存じます」と。「わしが秀吉に劣ると言うのか？」。当然ながら家康は、まったく納得がいかない。

　かくして、2人きりとなった場で、数正の説得を再度試みる家康は、そこで声を張り上げ冒頭に挙げた台詞を言い放つのだった。「わしは、戦なき世を作る。この世を浄土にする」のだと。それを受けて数正は、静かにこう応える。「そう、お誓いなさったのですね……亡きお人に」と。そして挿入される、家康の亡き正室・瀬名（有村架純）の回想シーン。そうなのだ。「戦なき世を作る」という家康の思いは、自身の伴侶であり良き理解者でもあった瀬名の命を懸けた願いでもあったのだ。弱き者であるがゆえ、その生命を救うことができなかったという、本作における家康の最大の遺恨である瀬名の自死。それは、家康による「信長の暗殺計画」という前代未聞の展開へと繋がっていったのだが……思えば、それと同じように、家康の心のうちに忘れられない「傷」を残す出来事が、最近あったではないか。

　家康の初恋の人でもあった信長の妹・お市（北川景子）の壮絶な死だ。夫・浅井長政（大貫勇輔）が討たれたあと、織田家存続のため、柴田勝家（吉原光夫）のもとに再度嫁ぐことを決めたお市。しかし、そんな勝家と秀吉のあいだで戦が起こり……お市は窮地に立たされてしまう。幼き日の約束を胸に秘め、家康に援軍を求めるお市。だが、大局を見据えた家康は、そんなお市の願いを無視するのだった。瀬名の自死に続いて、家康にとっては決して忘れることのできない生涯の遺恨だ。そこで思うのだが、かつての「信長はわしが倒す！」の内実がそうであったように、現在の家康の「秀吉はわしが倒す！」の内実には、そんな私怨があるのではないだろうか。「戦のない世を作る」。一見すると誰もが納得する大義であるように思えるその信条の奥底には、「愛する者を救えなかった」という家康の個人的な「遺恨」と「復讐」があるのではないか。

　第32回「小牧長久手の激闘」の中で家康は、決戦を目前に控えた家臣たちに向けて、こんなふうに語っていた。「弱く臆病であったこのわしが、なぜここまでやってこられたのか。今川義元に学び、織田信長に鍛えられ、武田信玄から兵法を学び取ったからじゃ！」と。これまでの『どうする家康』を振り返るに、確かにその通りなのだろう。しかしながら、それでもまだ足りないのだ。天下の道は、それほど高く険しいのだ。そう、家康は「私怨」を超えて秀吉から、まだまだ多くのことを学ぶ必要があるのだろう。家康の名代として大坂に赴き、実際に秀吉と対面した数正は、ひょっとすると誰よりも早く、そのことにーー家康という主君の最大の「欠点」に気づいてしまったのかもしれない。