ドキュメンタリー『スタン・リー』から学ぶ“成功の秘訣” 偉大なクリエイター誕生の背景
このように、より身近で生活感のあるヒーロー像を創造するスタン・リーの作家性が、マーベル・コミックの特徴となっていく。それは、ライバルであるDCコミックスとの路線との違いを生み出し、現在のDC映画とマーベル映画の方向性の違いにも反映されることとなった。そんなマーベルの試みは、例えばディズニーに対して小市民的な主人公を選ぶことの多いピクサー・アニメーション・スタジオの作風にも近いところがあるといえる。
その後スタン・リーは、アフリカ系の人物を主人公とした初めてのスーパーヒーロー作品といわれる『ブラックパンサー』を生み出す。このキャラクターは、アフリカ系に対する偏見を払拭し、読者が憧れられるようなイメージが採用されている。このようなポジティブな選択は、当時の公民権運動の流れにも沿っていた。近年のヒーロー映画は、多様性の尊重を前提としたものが多いが、その流れはすでに1960年代のコミックで見られていたのだ。
だが本作は、単にスタン・リーの業績を誉めるばかりではない。後半では彼の仕事上のトラブルも紹介される。それが、ジャック・カービー、スティーヴ・ディッコとの関係だ。この二人は、スタン・リーのアイデアやストーリーを、実際に絵を描くことでかたちにしていたアーティストだ。例えば『スパイダーマン』では、「Written by Stan Lee」「Illustrated by Steve Ditko」というように、日本の漫画における「原作/作画」と同じパターンでコミックブックには表記されている。
しかしながら、「マーベル・メソッド」と呼ばれるマーベル・コミックの制作手法は、ストーリーを渡されたアーティストの裁量によって、ストーリーや演出の付け加えなどがあったため、ジャックやスティーヴは自分たちもストーリーを作り上げていると主張し、スタン・リーが単独の作者としてクレジットされることに、次第に不満を募らせていったのだという。
キャラクターのデザイン自体はもちろんアーティストの領分であり、コミックの完成までの工程を考えると、作画の側がはるかに労力を費やさなくてはならないことも確かではある。にもかかわらずスタン・リーはメディアに積極的に露出し、自らをヒーローたちの生みの親だとして振る舞っている。そのことに彼らが反感を覚えるのは、当然と言える部分もあるのかもしれない。一方で、スタン・リーの優れたアイデアや作家性が、マーベル作品を支えていたことも、また事実ではあるのだ。
本作は、彼らの対立関係については中立的な立場をとっている。この問題は、なかなか根深いものがあり、視聴者の間でも意見が分かれるに違いない。だが確かなのは、スタン・リーという存在がなければ、現在多くのファンに愛されている数々のマーベル・コミックのヒーローが日の目を見ることはなく、現在のようなヒーロー映画ブームも、おそらくは起きていなかったということである。
スタン・リーの人生からは多くのことを学ぶことができるが、そのなかでも重要だといえるのは、環境に順応していくのでなく、自分の才能や個性を発揮して、環境の方を変えていくという姿勢ではないだろうか。
世界的なファッションブランドを創設し、数々の画期的なデザインを発表したクリスチャン・ディオールは、もともと建築家を目指し、画商を営んでいた経歴がある。そんな人物だからこそ、外部の価値観や、これまでの業界にはなかった奇抜な発想が、ファッションというフィールドで活かされ、人々を魅了する革命的なデザインへと結びつけることができたのだと考えられる。
スタン・リーもまた、はじめからコミック作家やその編集者として、子どもを喜ばせるためだけの作業に終始していれば、マーベル・コミックをここまで成長させることはできなかったはずである。業界で第一人者になるためには、これまでの慣習を打ち壊し、変革を起こさなければならない。そのためには、与えられた環境にそのまま満足するのではなく、いつでも問題意識を持ち、自分の理想とするビジョンを結ぶことが必要だと考えられるのである。スタン・リーは、コミック界の異物であったがために、偉大なクリエイターになったのだ。
■配信情報
『スタン・リー』
ディズニープラスにて独占配信中
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