神木隆之介演じる万太郎の人となりは『らんまん』そのもの “人間を知ってる”物語の面白さ
「そうなるのは必然」と観る者に思わせてくれる物語の流れのなめらかさと、人物の心の微細な変化。その「自然さ」が生まれる理由は、作り手がひとつひとつのプロセスを丁寧に、妥協することなく、コツコツと積み重ねているからに他ならない。
モデルである牧野富太郎氏と小澤寿衛子氏の史実から、万太郎と寿恵子がいずれ結ばれるであろうことはわかっている。わかっているのに、ふたりの心の動きと行動に胸が高鳴った。
博覧会で寿恵子に一目惚れした万太郎はその後上京して彼女と再会し、白梅堂の店先で何度も話すうちに、淡い恋心がやがて胸を焦がす熱情へと変わっていく。演奏会で高藤(伊礼彼方)が寿恵子を抱き抱えるのを目の当たりにし、生まれて初めて「嫉妬」と「独占欲」が心に生まれて悩む。長屋の女性陣、りん(安藤玉恵)、えい(成海璃子)、ゆう(山谷花純)に、その“醜い”感情も含めてこそ恋なのだと教わり、励まされる。そして、「わしだけの植物学」があることを教えてくれた寿恵子と生涯を共にしたい、そのためには真の植物学者にならねばならぬと決意する。
一方、寿恵子は、曲亭馬琴の『南総里見八犬伝』を愛読する“オタ気質”ゆえ、万太郎と会話の相性こそ良かったものの、はじめのうちは万太郎のことを「面白い人」ぐらいにしか思っていなかったのかもしれない。しかし、会話を重ねるうちにだんだんと、植物学という道なき道をまっしぐらに走る万太郎に惹かれていく。母・まつ(牧瀬里穂)に万太郎との関係を尋ねられて寿恵子が答えた、「前ばかり向いてる。私、あの人のこと、それしか知らない。ただ、かるやきを食べさせてあげたい」という台詞が胸に響いた。17歳の寿恵子が自分の中に宿しながらも、まだ名前を知らない、しかしながら愛以外の何ものでもないその感情を、見事に言い表していた。
試し刷りで万太郎が描いた植物画を見て、大畑はこう言った。
「これは実際を見て、本物を知ってる者にしか描けねえ絵だな」
万太郎は植物をつぶさに見て、語りかけ、植物の声に耳を澄ませ、頭の中で対象をしっかりと掴んで絵と文に表す。そして、ゆくゆくは図鑑を作り、日本中の植物を全国の人に知らせたいと願っている。大畑と同じように、筆者はこのドラマの作り手に対して、こんな感想を抱いてしまうのだ。
「これは人間を見て、人間を知ってる者にしか書けねえ物語だな」
■放送情報
NHK連続テレビ小説『らんまん』【全130回(全26週)】
総合:午前8:00〜8:15、(再放送)12:45〜13:00
BSプレミアム・BS4K:7:30〜7:45、(再放送)11:00 〜11:15
出演:神木隆之介、浜辺美波、志尊淳、佐久間由衣、広末涼子、松坂慶子ほか
作:長田育恵
語り:宮﨑あおい
音楽:阿部海太郎
主題歌:あいみょん
制作統括:松川博敬
プロデューサー:板垣麻衣子、浅沼利信、藤原敬久
演出:渡邊良雄、津田温子、深川貴志ほか
写真提供=NHK