『あなたがしてくれなくても』と『昼顔』は正反対? 現実度と物語度の違いを読む

 『昼顔』は人間の感情と理性との葛藤を描き、理性を超えていくダイナミズムがあり、それが西谷弘演出の醍醐味である。西谷演出は、『ガリレオ』(フジテレビ系)シリーズ、『任侠ヘルパー』(フジテレビ系)など、メリハリの効いたやや様式性の高い画を撮る人で、井上由美子のすこし古風な恋愛文学のような世界とそれは合っていた(『沈黙のパレード』(2022年)のあのタイトルバックの強烈なインパクトも記憶に新しい)。ここぞというところで、昭和歌謡「他人の関係」のカバーバージョンがかかるのもハマっていた。

 『あなたがしてくれなくても』でも昭和歌謡「ダンスはうまく踊れない」のカバーバージョンがかかるが、SNSの反応を見ると「他人の関係」ほどはハマってないようで、それは、『昼顔』の物語度と『あなたがしてくれなくても』の現実度の相違のせいではないだろうか。実のところ西谷は第6話までで、第1話、第2話しか担当していない。第1話でみちと誠の語らう桜並木の艶やかさはドラマティックであったが、季節が変わり新緑になった並木は現実的だ。ちょっとへんな例えかもしれないが、奈緒が出ているビールのCMで、奈緒のナチュラル感に対して、堺雅人と山本耕史の過剰な演技(悪い意味ではない。このふたりの特性である)の差異のような感じが、『昼顔』と『あなたがしてくれなくても』にはある。

 『あなたがしてくれなくても』のナチュラルだから視聴者が共感する感じは、メリハリ、ダイナミズムというよりは日常をそっと覗き見るようなところにあって、第6話のベッドに並んで寝るみちと陽一や、焼肉屋でのみち、陽一、三島、カフェのオーナー高坂(宇野祥平)とのそれぞれの心の内にいろいろ秘めながら一見愉快にやっているひりひりした会話劇など。それが令和的なような気もするのだ。第6話を担当したのは、セカンドディレクターの高野舞で、彼女は『昼顔』にも参加しているうえ、昨年大ヒットした『silent』(フジテレビ系)や、その前身とも言える『いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう』(フジテレビ系)にも参加している。キャリアを見ると、この10年来の時代の変遷、ドラマのスタイルの変遷に身を任せているような印象もある。いずれにしても、人間が倫理にどう抗うかというような大きな問題に立ち向かっていく物語よりも、当たり前の生活をどう維持していくかというようなささやかな物語の時代なのである。

 ただ、一箇所、『あなたがしてくれなくても』にはとても暗喩的なところがある。それは、坂道だ。みちと陽一の家は長く急な坂の途中にあって、たいていふたりは坂の上から降りて帰途につく。その先に道はまだ続いている。降りていくようだけれど、上がっていくこともできる。みちと陽一、ふたりの関係はこのまま下がっていくのか、それともとどまるのか、上がっていくのかーー。『あなたがしてくれなくても』がどこへ向かっているのか、後半戦に注目している。

■放送情報
木曜劇場『あなたがしてくれなくても』
フジテレビ系にて、毎週木曜22:00~22:54放送
出演:奈緒、岩田剛典、田中みな実、永山瑛太、さとうほなみ、武田玲奈、宇野祥平、MEGUMI、大塚寧々ほか
原作:ハルノ晴『あなたがしてくれなくても』(双葉社)
脚本:市川貴幸、おかざきさとこ、黒田狭
演出:西谷弘
プロデュース:三竿玲子
主題歌:稲葉浩志「Stray Hearts」(VERMILLION RECORDS)
挿入歌:稲葉浩志「ダンスはうまく踊れない」(VERMILLION RECORDS)
音楽:菅野祐悟
©︎フジテレビ
公式サイト:https://www.fujitv.co.jp/anataga_drama/
公式Twitter:@anataga_drama
公式Instagram:@anataga_drama
公式TikTok:@anataga_drama

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