『名探偵コナン 黒鉄の魚影』は零れ落としのないシリーズ最高傑作に 鍵は立川譲の作家性

 本作の監督は映画『BLUE GIANT』でも話題の立川譲。脚本は『相棒』(テレビ朝日系)や『科捜研の女』(テレビ朝日系)なども担当している櫻井武晴。この両者の組み合わせは『名探偵コナン ゼロの執行人』以来となる。『ゼロの執行人』ではインターネットに接続された機器をハッキングして悪用するIoTテロが作中のメインテーマとして描かれていた。そして本作『黒鉄の魚影』ではAIを活用した動画合成で、本物と偽物の区別がつかないディープフェイクが描かれる。IoTテロ、そしてディープフェイク。こうして並べてみると両作品の軸が見えてくる。現代の最新技術で豊かになる社会と、技術を扱う人間次第では悪用できてしまう危うさを描く。こういったディテールの部分が、『名探偵コナン』が子供だけでなく大人により強く支持される理由の一端と言えるだろう。

 また本作では灰原や阿笠博士、本作オリジナルキャラクターの直美など、各キャラが涙を流すシーンが印象的に描かれる。これは同じく立川監督作の『BLUE GIANT』と連なる要素だ。『BLUE GIANT』ではストーリー最終盤、主人公らが結成したジャズバンドの解散を決断するシーンで本作同様に印象的に涙が描かれる。また、組織の潜水艦を取り逃したコナンがずぶ濡れのまま立ちすくむシーンなど、本作では全編を通して海が印象的に描かれている。思い返してみれば、『ゼロの執行人』では安室透が雨に濡れるシーンが特に印象深い。そして『BLUE GIANT』では橋脚の下で主人公が練習に励むシーンで川の水面が巧みに描かれる。このように立川譲監督作では海や川が印象的に描かれているのだ。涙、雨、汗、海、川といった様々な液体に意味を持たせることが非常に巧みな立川監督。こういった部分に改めて注目した上で『黒鉄の魚影』を鑑賞するとより楽しめるはずだ。

 本作『黒鉄の魚影』はコナンフリークからライトなファン、あるいは『コナン』シリーズ初見の観客まで楽しむことの出来る作品に仕上がっている。特に本作における幾つかの要素は今後の『コナン』シリーズでもう観ることのできないかもしれないものばかりで、その点に惹かれているシリーズファンも多い。他でもない私もそのひとりだ。その一方で監督の手腕や脚本によって、ライトなファンやコナン初心者の観客も魅了してしまう作品になっており、どんな観客も零れ落とさない作品に仕上がっている。動員数や興収といった数字の部分だけでなく、本作はその中身においてもシリーズ最高傑作のひとつとなったと言えるだろう。

■公開情報
『名探偵コナン 黒鉄の魚影(くろがねのサブマリン)』
全国東宝系にて公開中
原作:青山剛昌『名探偵コナン』(小学館『週刊少年サンデー』連載中)
監督:立川譲
脚本:櫻井武晴
音楽:菅野祐悟
声の出演:高山みなみ、山崎和佳奈、小山力也、林原めぐみ、沢村一樹ほか
製作:小学館、読売テレビ、日本テレビ、ShoPro、東宝、トムス・エンタテインメント
配給:東宝
©︎2023 青山剛昌/名探偵コナン製作委員会
公式サイト:https://www.conan-movie.jp

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