MCUは“コース料理”から“アラカルト”へ 『エブエブ』が描くマルチバースと通底するテーマ

サブスク時代にあわせたMCUの新戦略

『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー:VOLUME 3』©Marvel Studios 2023

ーーお2人がフェーズ5以降に期待していることを教えてください。

杉山:フェーズ6になりますが、ファンタスティック・フォーはマーベルの中で最初のヒーローチームなので思い入れがあって、僕はその中でもギャラクタスが攻めてくる話がすごく好きなんですけど、2007年の映画『ファンタスティック・フォー:銀河の危機』のギャラクタスがあまりにひどかったので、今回はちゃんとしたギャラクタスが観たいという思いがあります。あと、もう1本挙げると、『サンダーボルツ(原題)』は面白そうだなと思います。『ブラック・ウィドウ』のエレーナが良かったので、彼女が出てくる『サンダーボルツ』には期待できそうです。

光岡:フェーズ4と5は、フェーズ6に控えている『アベンジャーズ』2部作に向けて、とにかく連打していく感じがしますね。フェーズ5で何かを決するような展開があるわけじゃなさそう。

杉山:そうですね。フェーズ3までにちょっとずつインフィニティ・ストーンが出てきましたが、それと同じように、ちょっとずつ何かの事件の影にカーンがいるという展開になりそうです。ただ、フェーズ3まではアベンジャーズにスパイダーマンが加わったり、さらにガーディアンズと合体したりと、ヒーローたちが集結していく楽しさがありましたけど、今はいろいろな意味で広がりすぎてしまっていますよね。

光岡:でも、おそらく“あえて”ですよね。インフィニティ・サーガと、今のマルチバース・サーガの違いは、単純に扱ってるストーリーやキャラクターだけじゃなくて、マーケティングの違いもあるんだと思います。インフィニティ・サーガのときは、従来通りおもちゃやグッズを売るという目的があったけど、新世代になった今、ディズニー的にはサブスクに入ってもらうとか、もっと総合的な消費者に向けた方向にシフトしてきたんじゃないでしょうか。

杉山:それはすごくわかります。サブスク世代の攻め方になってきたんでしょうね。

光岡:要するに「アイアンマン、カッコいいよね」ってアイアンマンのフィギュアを売る世界はもう終わって、とにかくいろんなキャラクターやいろんな世界観、いろんなキャストを提示して、好きなものを観てもらうというビジネスの仕方が今の時代には適していて、それを反映しているのが、マルチバース・サーガなんじゃないかと思います。

杉山:なるほど。

光岡:だから、今ディズニープラスで配信されているドラマシリーズを観ていても、「これが終わって、ここに繋がります」というのが特に示されていないんですよね。今までは必ず「次はこの話に繋がるよ」というのを明示していたじゃないですか。インフィニティ・サーガは、やはりアイアンマン、キャプテン・アメリカ、ソーという軸があって、それに沿って話を進めていたんですけど、今はそうじゃなくて、アラカルトみたいにコンテンツを出して、1個ずつ買ってもらうみたいな考え方なんだと思います。

杉山:確かにそれはあるかもしれないですね。だから、マルチバースは一旦置いておいて、『ムーンナイト』を軸に楽しんでもいいということかもしれません。

光岡:フェーズ5以降は、映画で言うと『サンダーボルツ』や『ブレイド(原題)』もどうなるか気になりますが、ドラマシリーズはますますわからなくて、たとえば『エコー(原題)』はどんな話になるのか全く想像がつかないです。

杉山:本当に、よく作りますよね。

光岡:でも、今までになかったドラマなので、個人的にはすごく感銘を受けています。『エコー』というのは、インディアンの女性を主人公にしたドラマなんですけど、原作はすごくスピリチュアルな展開で、それをドラマでやったらちょっとどうなんだろう、っていう感じなんです。『アガサ:カヴン・オブ・カオス(原題)』も何をどうするのか全くわからない楽しみはあるんですけど、それよりも、中年の女性が主人公のドラマが作られるということがとても楽しみです。ストーリーラインというよりは、1つ1つの作品がどうなるんだろうという楽しみに変わってきたと思います。

杉山:そこが今の消費スタイルにあわせた、新しい仕掛け方なんでしょうね。

光岡:やっぱりマーベルって他社より少し先を進んでいるので、その分いろいろ非難も集まりやすいのかなと思います。

杉山:そうですね。コンテンツの作り方以外にも、フェーズ4以降は、圧倒的にダイバーシティに力を入れるようになって、カーンが黒人だったり、シャン・チーが出てきたりして、キャプテン・アメリカみたいな代表的な白人ヒーローだけじゃなくなってきていますよね。2012年の『アベンジャーズ』がすでに10年以上前の映画なので、仮に10歳の頃、親に連れられて『アベンジャーズ』を観た子はもう20歳なわけですから、今の若い消費者の中では、ヒーローの捉え方がだいぶ変わってきているんだろうなと思います。

光岡:ヒーローの役割として、よりレプリゼンテーション、自分を反映するという役割が強く期待されるようになりましたよね。その分、女性のスーパーヒーローや様々な年齢層、人種のスーパーヒーローが生まれやすくなっているんだと思います。

杉山:そうですね。だから、さっき光岡さんも言っていましたけど、いろんなパターンを試してみて、どれに引っ掛かるかを見ている時期なのかもしれません。

光岡:でも、アメコミってもともとそういうものじゃないですか。コミックをたくさん出して、これが人気だから続けていこうとか、新しい展開を試して上手くいったからそっちに行こうとか、そういうやり方を映画でもやっているんだと思います。昔はコミックでしかできないこととして、時事を早く反映させられることだったり、どんなスペクタクルをやってもお金がかからないことだったりが挙げられていたわけですけど、今は何しろ映画でもすごいスピードで作れちゃうんですよね。だから本当に、コミックの作り方を映画でもできるような世の中になっちゃったということなんだと思います。

『アントマン&ワスプ:クアントマニア』©2023 MARVEL

杉山:それを200億かけてる映画でやるところが、ディズニーのすごいところですね。自分を反映しやすいっていう視点で言うと、『アントマン&ワスプ:クアントマニア』で、アントマン自身も「自分のやったことは本当に正しかったんだろうか」ってウジウジ悩んでいましたね。

光岡:やっぱり人生ってそういうものじゃないですか。何かを成し遂げても、常に悩みは残るというか。

杉山:そうですね。たとえば『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』のピーターも恋人と一緒に大学行きたいっていう、たったそれだけの動機で世界が大変なことになっちゃうわけですし、ドクター・ストレンジもそうですが、スケールの大きな話の割に結構動機がパーソナルですよね。

光岡:『エブエブ』のダニエルズも言っていたことですが、要するにマルチバースは人生そのものを象徴しているんだと思います。たとえば、『エブエブ』では歌手になっている自分とか、女優になって喝采を浴びている自分とか、あり得た世界の自分がたくさんいるわけじゃないですか。だから、「あの時ああしていれば……」という後悔が常に付き纏うのが人間なんだという、それがマルチバースの基本的な考え方なんですよね。そこをうまくついてるから、『エブエブ』や『ドクター・ストレンジ』、『スパイダーマン』は成功したんだと思います。

■配信情報
『アントマン&ワスプ:クアントマニア』
デジタル配信中(購入)
5月30日(火)デジタル配信(レンタル)開始
監督:ペイトン・リード
製作:ケヴィン・ファイギ
出演:ポール・ラッド、エヴァンジェリン・リリー、マイケル・ダグラス、ミシェル・ファイファー、ジョナサン・メジャース、キャスリン・ニュートン、ビル・マーレイ
発売:ウォルト・ディズニー・ジャパン
©2023 MARVEL

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