『アントマン&ワスプ:クアントマニア』が暗示する、フェーズ5以降のMCUの展開

 ヒーロー映画シリーズ「マーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)」が、製作しているマーベル・スタジオが称するところの“フェーズ5”にまで突入した。『アントマン』シリーズ第3作『アントマン&ワスプ:クアントマニア』は、その第1弾作品だ。

 化学物質「ピム粒子」を駆使して、肉体を縮小、拡大できるヒーロー、アントマンことスコット・ラング(ポール・ラッド)。ヒーローたちのチーム「アベンジャーズ」の一員として活躍し、強大なヴィラン(悪役)サノスの凶悪な計画から宇宙の生命を救うキーパーソンともなった彼と、そのファミリーが、本作でついに冒険することになるのが、“量子世界”である。

 ここでは、そんな不思議な舞台でアントマンたちが戦う『アントマン&ワスプ:クアントマニア』の作品としての評価と、本作の展開が暗示する、今後のMCUの展開について考えていきたい。

 われわれ自身や、その周りを取り巻くあらゆる物質は、極小の原子からかたちづくられている。そして、さらにその原子を構成する要素が“量子”と呼ばれるものだ。つまり、極小の世界の、さらに極小の物質ということである。そんな量子について研究者たちが実験をすると、この極小サイズで起こる事象は、既存の物理学のルールが通用しないのだという。そんな不思議な世界は、『アントマン』第1作、第2作でも登場してはいたが、本作において初めて本格的に描かれることとなる。そして、量子世界をどう表現するかという点が、本作の出来栄えを左右することになるはずなのだ。

 結果からいえば、その表現は期待を上回る部分と、失望するような部分が半々といったところなのではないだろうか。物理法則が異なっているということで、どれほど奇想天外な展開が見られるのかと思いきや、量子世界が基本的にわれわれの住む世界と根本的に変わらない条件に従って動いているようにしか見えないのである。背景や登場する生物たちについて、さまざまな意匠を凝らしたデザインが施されていることは確かなのだが、その奇妙さというのは、宇宙を舞台にしたSF作品などと大きな差はない。

 とはいえ、この場所でドラマを展開し、ストーリーを進めていくためには、多くの観客が混乱しないような範囲で世界を描かねばならないという事情も、理解できないことはない。その意味では、『スター・ウォーズ』を想起させる親しみのある異世界として、量子世界を表現したというのは、ベストとは言わないが悪くもないのではないか。逆に、スペースオペラのようなスケールで一つの世界を創造するという、かなり困難な挑戦が、長大なシリーズの一つに過ぎない作品のなかでおこなわれたというのは、ある意味で感心できるところだ。

 スコットとホープ(エヴァンジェリン・リリー)、ピム博士(マイケル・ダグラス)、ジャネット(ミシェル・ファイファー)、そして成長した、スコットの娘キャシー(キャスリン・ニュートン)が、本作の量子の世界を冒険するが、劇中前半でとくに気を吐いていたのは、何といっても初代ワスプこと、ジャネット・ヴァン・ダインを演じたミシェル・ファイファーだ。ここでは、量子世界に迷い込んでいた時期に、闘いに身を投じていたり恋愛をしていたりなどの過去を家族に明かし、凄腕スパイのように状況を打開していく姿を見せることで、完全に場をさらっている。

 ミシェル・ファイファーといえば、『バットマン リターンズ』(1992年)でもキャットウーマンを圧倒的な存在感で演じ、スターとしてカリスマ的な魅力を放っていた俳優。本作は、彼女がまだまだ現役の大スターであることを印象づける活躍を見せている。

 また、“量子世界ならでは”といえる箇所も用意されている。それは、「シュレーディンガーの猫」という思考実験を基にしたもので、スコット・ラングとホープが無数に分裂していき、最終的にまたそれぞれが一人の状態になるという、一連の見せ場である。

 1900年代、量子世界の物質の不可解な動きについて、研究者ニールス・ボーアは、実験を観測して結果を突き止める瞬間までは、その世界のなかで複数の可能性が“重り合った状態”で存在しているのだと考えた。だが、同じく量子を研究していたエルヴィン・シュレーディンガーは、さすがにそんなことは荒唐無稽だと考え、その仮説をひっくり返してやろうと思考実験を用意する。それこそが、「シュレーディンガーの猫」と呼ばれるようになったのだ。

 その思考実験とは、量子世界の動きによって半々の確率で作動する毒ガス装置を作り、それを外から観測できない箱の中に入れた猫と一緒にするというもの。そうすれば、猫は箱の中で生き残る場合と死んだ場合、そのどちらもが重ね合わされた状態として存在することになるはずなのだと。そして実験の観測者が箱を開けると、猫はどちらかの状態に“収束”することとなる。そんなバカバカしいことが現実に起こるわけがないというのが、「シュレーディンガーの猫」の真意である。

 だが本作では、まさにスコット・ラングが「シュレーディンガーの猫」に成り代わり、さまざまな可能性に分裂し、最終的に収束するという、荒唐無稽な思考実験そのもののプロセスを描く。これは、世界が可能性の数だけ分岐して増えていく「パラレルワールド」と呼ばれる考え方とも合致するものだ。マーベル・スタジオのドラマシリーズ『ロキ』では、さまざまな可能性で分裂したロキたちが“変異体”と呼ばれ、抹殺の危機に瀕することとなった。

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