『舞いあがれ!』が描こうとする“夢のさらにその先” 悠人の説く“損切り”も重要な要素に

 夢というと、将来、何になりたいか、パティシエやアイドル、あるいは専業主婦というような職業を思い浮かべがちである。舞も「パイロット」を夢見ている。だが、物語は夢のさらにその先を描こうとしているように見える。浩太の夢は「社長」ではない。工場を大きくしてめぐみに楽をさせたいというものだ。めぐみのみならず、一緒に工場を大きくしてきた社員たちと共に幸せになることである。だから経営難に陥って社員をリストラしないと立ち行かなくなっても、なんとかそうしないで済むように自分に負荷をかけていく。それを株の「損切り」に例えて批判するのは長男の悠人である。彼は子供時代に父母があくせく働いてもちっとも暮らしが楽にならず忙しさから目をかけてもらえなかったことから、早々と自立し自分の指1本で稼ぐーー「投資家」という職業を選んだ。そして成功し、リーマンショックすら余裕で乗り越えている。ところが浩太たちはそれは夢ではないと否定的だ。はたしてそうかはちょっとわからない。いまのところ、悠人はなりたいものになり、選択した進路に自信を持っているのだから。

 悠人は株で儲けるための考え方のひとつに「損切り」があると浩太に説く。早いうちに損している株を売ることが肝要であり、いつかまた値が上がるのではないかとしがみついてもいいことはないと。悠人いわく、損切りすることは自分の失敗を自覚することだと言うのだ。そう聞くとなにやら潔いことのように思う。ただ、お金と人は違う。浩太が切らなくてはならないのは人である。これまで尽力してくれた人なのだ。だから彼らを切って自分だけ楽になることはできないと苦しむ。浩太の夢はみんなが楽に幸福になることで、悠人の夢は目下、自分だけ幸せになることと浩太は感じている。突き詰めると、悠人だって誰かを儲けさせて幸せにしているのだが……。なかなかここが難しいところである。なぜなら、悠人の浩太への不信感は子供のときに、自分がある意味、“切られた”と思っているからであろう。

 浩太もめぐみもそんなことを思いもよらないだろうけれど、悠人は、受験でデリケートなときに、舞にかかりっきりになっている両親に絶望しているのだ。かようにこの世界には生きるために何を選択し何を切り捨てるか常に問われている。全部抱えて生きることは困難で、何かしら切り捨てないとならないときがあるものだ。浩太も3人のパートをリストラして、舞に代わってもらっている。やたらと感じの悪い事務員・山田(大浦千佳)はどれだけ会社に必要で、3人の優秀なパートに代えられない仕事を彼女はやっているのか。とても謎である。ネジだって不良品を徹底的に排除している。ネジの気持ちになると好きで不良品に生まれたわけではないので哀しい。

 そして浩太は夢を残したままこの世を去る。彼の理想は潰えてしまうのか。これは岩倉浩太ひとりの問題ではなく、現代に生きる人々の問題であろう。誰だって損切りされたり不良ネジとしてより分けられたりしたくないのである。

■放送情報
NHK連続テレビ小説『舞いあがれ!』
総合:午前8:00〜8:15、(再放送)12:45〜13:00
BSプレミアム・BS4K:7:30〜7:45、(再放送)11:00 〜11:15
出演:福原遥、横山裕、高橋克典、永作博美、赤楚衛二、山下美月、目黒蓮、長濱ねる、高杉真宙、山口智充、くわばたりえ、又吉直樹、吉谷彩子、鈴木浩介、高畑淳子ほか
作:桑原亮子、嶋田うれ葉、佃良太
音楽:富貴晴美
主題歌:back number 「アイラブユー」
制作統括:熊野律時、管原浩
プロデューサー:上杉忠嗣
演出:田中正、野田雄介、小谷高義、松木健祐ほか
主なロケ予定地:東大阪市、長崎県五島市、新上五島町ほか
写真提供=NHK

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