50年代のディオールを堪能 『ミセス・ハリス、パリへ行く』が伝える夢見ることの大切さ

 そしてこの作品では、ミセス・ハリスが「素敵なドレス」を前にすると、彼女の陶酔感を表すようにドリー・ズーム(背景が迫ってくるように見せる撮影技法)が繰り返される。レスリー・マンヴィルのキュートな笑顔が大映しになる時間、愛してやまないファッションブランドやアイテムを何かしら持っている観客であれば、強い共感とともに、そのブランドやアイテムのことが頭によぎり、まるで画面が観客自身の鏡映しであるように感じてしまうだろう。「あのブランド、あのデザインに出会った瞬間の自分も、きっとこういう顔をしていたに違いない」と。

 監督・脚本を手がけたアンソニー・ファビアンは、この作品に関して「魔法のようなリアリズム」という言葉を使っている。この作品の、特に物語についての形容としてこれより優れたものはない。この物語は、魔法のような煌めきとあり得なさを持っていながら、説得力をギリギリのところで維持させたまま進んでいく。観終えた後、夢を持って生きていくことの尊さを知り胸の中に温かな炎がともったような気持ちになっている一方で、何だか「めいっぱい生き抜いた」というような爽快な達成感を、観客の私たちまで抱いているのだ。

 ハリスがディオールのドレスを手に入れようとして起こる奇跡もアクシデントも、500ポンドという金額に見合うビッグなもので、また夢見るハリスを取り囲む圧倒的な現実は、夢を夢らしく留めておくようなシビアなものである。ハリスが厳しい社会の中を生きているからこそ、彼女の夢は煌めきを損なわないまま、夢以外のものには変わらないまま、夢を見る方法とその大切さを教えてくれるのだ。その意味で『ミセス・ハリス、パリへ行く』は極上にハッピーな映画であると言えるだろう。

 全米では7月に公開されており、夏の大作がずらりと並ぶ中、1000館以下の公開作としては唯一トップテンにランクインするなど、興行的にも成功をあげた本作。ようやく日本でも、11月18日より公開される。何歳になっても「ドリーマー」でいることの素晴らしさを教えてくれるこの作品を映画館にて楽しんでほしい。

■公開情報
『ミセス・ハリス、パリへ行く』
TOHOシネマズ シャンテほかにて公開中
監督・脚本:アンソニー・ファビアン
出演:レスリー・マンヴィル、イザベル・ユペール、ランベール・ウィルソン、アル バ・バチスタ、リュカ・ブラヴォー、エレン・トーマス、ジェイソン・アイザックス
原作:ポール・ギャリコ『ミセス・ハリス、パリへ行く』(角川文庫)
配給:パルコ ユニバーサル映画
字幕監修:渡辺三津子(ファッションジャーナリスト)
原題:Mrs. Harris Goes to Paris
©2022 Universal Studios

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