なぜ“ムショ活”をドラマに? 『一橋桐子の犯罪日記』プロデューサーが語るエンタメの力
NHK総合の“土曜ドラマ”枠にて放送中の『一橋桐子の犯罪日記』が、ドラマファンに熱い視線を注がれている。本作は、ベストセラー作家・原田ひ香の人気小説を原作に、70代の主人公・桐子(松坂慶子)が刑務所で余生を過ごすための活動=“ムショ活”に励む姿を描いた終活青春グラフィティ。唯一の親友を亡くし、お金も身寄りもない状態で社会に放り出された桐子の姿が「身につまされる」と話題だ。
最終回を前に、プロデューサーの宇佐川隆史氏に本作に懸けた想いや各出演者の起用理由などについて伺った。(苫とり子)
「極上のエンタメにも社会のリアルを忍ばせることはできる」
――原田ひ香さんの小説が映像化されるのは今回が初。原田さんといえば、『三千円の使い方』(中央公論新社)や『財布は踊る』(『小説新潮』連載中)などのお金にまつわる小説で注目されていますが、その中でも老後資金や孤独死の問題に切り込む『一橋桐子(76)の犯罪日記』をドラマ化しようと思った理由をお聞かせください。
宇佐川隆史(以下、宇佐川):たまたま立ち寄った本屋で『一橋桐子(76)の犯罪日記』の表紙が目に留まり、まずそのタイトルに一目惚れしてしまったんです。読み進めているうちに、これは高齢者犯罪を題材にしているけれど、もっと広い視点でみれば人生の岐路に立たされた人の物語だと思いました。当時は新型コロナウイルスが流行り始めたばかりで、私自身も先々のことは何もわからず不安だったんですが、桐子の姿に元気をもらえて。もしかしたら、これからを生きていく我々に何かヒントを与えてくれるんじゃないかと思い、ドラマ化の企画を練り始めました。
――70代である桐子の物語に若い世代も身につまされていて、SNSでは「他人事とは思えない」「未来の自分を見ているかのよう」という声が多数挙がっています。
宇佐川:桐子と同年代の方々に限らず、現役世代やもっと若い世代の皆さんにも観てもらいたいと思っていたので嬉しいですね。『正直不動産』(NHK総合)のプロデューサーを務めた時と同じように、SNSでどんどん反響が広がっていくのを肌身に感じました。初回放送直後からたくさんのお手紙やメールをいただいたんですが、「これは自分の物語だ」と真摯に受け止めてくださった方が想像以上に多くて。桐子役の松坂さんにご報告したら、目に涙を浮かべて喜んでいらっしゃいました。
――NHK放送博物館での「一橋桐子展」も緊急開催となりましたが、それくらい想像を超えた反響があったということですよね。
宇佐川:企画展も皆さんの反響を受け、本当に急きょ開催することになったので、スタッフ総動員でなんとか開催にこぎつけました。準備期間が10日間ほどだったので、大変は大変だったんですが(笑)。その後も追加展示が決まったり、NHKの『首都圏ネットワーク』という番組のお天気コーナーでも企画展の紹介をさせていただいたりと、まさかの連続でした。ありがたい限りです。
――NHKの土曜ドラマは『17才の帝国』や『空白を満たしなさい』など、斬新な設定と現代社会を切り取った内容で注目を集めていますが、どの世代をターゲットにしていらっしゃるのでしょうか。
宇佐川:基本的には、現役世代と言われる30代~50代の男女をターゲットにしています。ただ『一橋桐子の犯罪日記』は高齢の女性を主人公にしながらも、先ほどお話しした通り、20~30代の若い世代も含めた幅広い層にアプローチしたいという思いがありました。じゃあ今、人々がドラマに求めているものってなんだろうと考えた時にやっぱり“エンターテインメント”だなと。コロナ疲れも吹き飛ぶ、日々の緩衝材のようなドラマが必要なんじゃないかと思ったんです。土曜ドラマは社会問題をさまざまな形で考えるというコンセプトがありますが、血湧き肉躍る極上のエンタメにも社会のリアルを忍ばせることはできる。その2つはきっと両立できると信じて、作ったのが今回のドラマです。
――まさにそこが本作の魅力ですよね。高齢者犯罪という重いテーマをこんなにクスっと笑えるコメディタッチに仕上げているドラマは今までなかったように思います。
宇佐川:ただ正直いうと、企画を進めていた時は怖かったですね。“ムショ活”という言葉一つとっても、使うのには覚悟がいりました。でもその怖さを乗り越えたら今までとは違った社会派のエンタメが作れるはずと思い、制作スタッフの力も信じてプレゼンに挑みました。
――ドラマならではである“ムショ活”というワードが生まれたきっかけは?
宇佐川:原作の魅力はやはり桐子の抱える問題がリアルに感じられ、身につまされるのに最終的には元気をもらえるところだと思うんですよね。そんな原作のスピリットを表す言葉はないかと、監督や脚本のふじきみつ彦さんと考えに考えて、浮かび上がってきたのが“ムショ活”だったんです。それが受け入れてもらえるかどうかはやっぱり不安だったんですが、皆さんもNHKを信じてくれたのか、PRの時点で「面白そう」と気に留めていただいて。それでホッとしましたし、「主人公が刑務所を目指す行動の裏にどんな思いがあるのか」について思いを馳せてくださる方が多かったからこそ、私たちも勝負できた部分は大きいです。
――視聴者もスタッフの皆さんに信頼を寄せているんでしょうね。脚本家のふじきみつ彦さんが手がけた昨年NHK「よるドラ」で放送の『阿佐ヶ谷姉妹の のほほんふたり暮らし』(以下、『阿佐ヶ谷姉妹』)も評判でした。
宇佐川:原作の持ち味を生かし、そして今回の狙いであるエンタメに社会のリアルを忍ばせるためにはふじきさんの力は必要不可欠だと思っていました。『阿佐ヶ谷姉妹』も今思えば、女性ふたりがともに暮らしながら幸せを見つめ直していく物語で、その時も人が生きていく上で何が必要かを考えさせられたんですよね。今回はもっと高齢で、かつ切羽詰まった状況にいる桐子が、それでも危機を乗り越えられるのかが見どころとなります。もちろん原作もありますのでラストは決まっているんですが、ふじきさんと桐子をどこに着地させるべきかを一からじっくりと考え直しました。