『ダーマー』ヒットの陰に被害者遺族の苦しみ 実録犯罪ものに必要な“配慮”とは?

実録犯罪もののエンターテインメント性と製作の意義

 実話をベースとした作品、特に陰惨な事件を忠実に再現した作品は、そのリアリティが私たちを惹きつけることは事実だ。俳優たちは特殊メイクや体型コントロールで殺人犯そっくりの見た目になり、当時の記録映像があれば言動もコピーする。なにより「実話である」ということ自体が興味をひく。怖いもの見たさの好奇心が私たちを駆り立てるのだ。

 しかし作り手は、こうした犯罪を扱うことに別の意味を見出している場合もある。ザック・エフロンが主演を務めた『テッド・バンディ』(2019年)は、凶悪な殺人犯を好感度の高い人気俳優が演じることに対して、被害者遺族から抗議の声があがった。しかしジョー・バーリンジャー監督の狙いは、まさにそこにあったのだ。彼はエフロンをキャスティングすることで、「見た目が魅力的だからといって、簡単に人を信用してはいけない」というメッセージを込めたのだという。またこの作品は、バンディの恋人エリザベス・ケンドール(リリー・コリンズ)の視点から描かれており、「信頼している人が加害者の場合もある」と訴えている。さらにエンドロール前にはバンディの被害者の名前が挙げられ、その理由について監督は、立教大学でのトークセッションで次のように発言している。

「本作は被害者側の立場に立って描いた作品なので、敢えて名前を読んでもらいたいと思った。我々にとって、映画は娯楽的な作品のひとつに過ぎないが、被害者遺族にとっては大変な悲劇。他人の悲劇を見てもらうので、私は大きな責任感をもって作品を作っている」

 先に触れた『フローズン・グラウンド』でも、「この作品を被害者たちに捧げる」という言葉とともに、彼女たちの名前と写真を映し出している。同作のスコット・ウォーカー監督にも、同じような思いがあったのかもしれない。

作品を受け取る視聴者の態度

 『ダーマー』のヒットを受けて、個人売買サイトeBayなどでは、ダーマーが身につけていたメガネやシャツに似たものがハロウィン用のコスチュームとして販売され、物議を醸している。ジェフリー・ダーマーは、いまやホラー映画のキャラクターと同列の扱いになっているのだ。TMZによると、これに対し被害者の1人であるトニー・ヒューズの母シャーリーは、Netflixやオンラインストアが息子の死で利益を上げることは苦痛だとコメントした。また『ダーマー』が配信されなければ遺族たちは再び傷つくことはなかったし、殺人犯のコスチュームが売られることもなかっただろうとしている。

 実際の事件をもとにした作品は、被害者遺族からの批判をどうしても避けられない。では、彼らの苦しみを少しでも和らげる方法はあるのだろうか。先ほど触れたリタ・イズベルはエッセイのなかで、Netflixが彼ら被害者遺族になんの連絡もなく本作を製作したことに疑問を感じると語っている。

「Netflixは私たち遺族にこの作品を製作することについて、意見を聞くべきでした。なにも聞かず、ただ製作した」

 今のところ、製作陣にできることはそのくらいしか思いつかないのが現実だ。しかし“そのくらいのこと”も行われていないのは、憂うべき事態なのではないだろうか。

 また私たち視聴者も、『ダーマー』をはじめとする実録犯罪ものを軽く扱ってはいけない。好奇心で他人の心の傷に踏み込み、面白半分で実際の殺人犯のコスプレをするなど言語道断だ。エンターテインメントと倫理は時折対立するものではあるが、実際につらい思いをしている人が現実にいることを忘れてはいけない。

参考

https://www.insider.com/rita-isbell-sister-jeffrey-dahmer-victim-talks-about-netflix-show-2022-9
https://www.tmz.com/2022/10/16/jeffrey-dahmer-victim-tony-hughes-deaf-mom-family-halloween-costume/

■配信情報
『ダーマー モンスター:ジェフリー・ダーマーの物語』
Netflixにて独占配信中

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