『ダーマー』ヒットの陰に被害者遺族の苦しみ 実録犯罪ものに必要な“配慮”とは?
古くは切り裂きジャックからボニーとクライド、ゾディアック事件や殺人ピエロのジョン・ウェイン・ゲイシーなど、連続殺人犯や彼らの起こした事件は、私たちの興味を惹きつけてやまない。これまで、これらの事件や犯人をもとにした映画やドラマは数多く作られ、エンターテインメントとして消費されてきた。9月21日からNetflixで配信が開始された『ダーマー モンスター:ジェフリー・ダーマーの物語』(以下、『ダーマー』)も例に漏れず、いやそれ以上に多くの人々の関心を惹きつけている。本作は人気シリーズ『ストレンジャー・シングス 未知の世界』(2016年~)に次ぐ史上2位の視聴時間を獲得し、3週連続でグローバルランキング1位となった(2022年10月19日時点)。しかし被害者遺族は本作を痛烈に批判している。
ここでは、これまでのシリアルキラーを題材とした作品と比較して『ダーマー』のヒットの要因を探りながら、実録犯罪ものに必要な遺族への配慮はなにかを考えていきたい。
シリアルキラーを題材とした作品の分類
『ダーマー』のなにがウケたのかを考えるためには、これまでのシリアルキラーを題材とした作品にはどのようなものがあったのかを知っておく必要がある。これらの作品を分類するとすれば、「加害者視点」の作品と「警察視点」の作品、そしてこの2つを融合させた作品の3つになるだろう。
アカデミー賞でシャーリーズ・セロンが主演女優賞を獲得するなど、高い評価を受けた『モンスター』(2003年)は、実在の連続殺人犯アイリーン・ウォーノスの生涯を題材とし、彼女が最初の犯行に至るまでの経緯や殺人をつづけた理由が語られている。恋人であるセルビー(クリスティーナ・リッチ)への愛と、彼女との生活を守るために殺人を繰り返す姿は、痛々しく同情を誘う。
また、連続爆弾魔ユナボマーことセオドア・カジンスキーを題材としたNetflixリミテッドシリーズ『マンハント』(2017年)では、カジンスキー(ポール・ベタニー)の生涯と、彼を追うFBI捜査官の動向が同時進行で展開される。同作はスリリングな犯罪捜査と、カジンスキーの生い立ちや犯行に至るまでの孤独な生活を描き、やはり恐ろしい犯罪者であるはずの彼に同情を抱かせるような描写が多い。
一方、2013年公開の『フローズン・グラウンド』は、17人の女性を誘拐し監禁、拷問、殺害したロバート・ハンセンの事件を警察視点で描いたスリラー映画だ。ニコラス・ケイジ演じるアラスカ州警察の刑事ジャック・ハルコムは、17歳の売春婦シンディ(ヴァネッサ・ハジェンズ)がモーテルの一室で保護されたことをきっかけに、それまでに発見されていた数々の変死体との関連を追う。主人公のハルコムは架空の人物であり、同作はフィクションの要素も多い。
加害者にフォーカスを当てた作品は、なぜ彼らが連続殺人という凶行に至ったのか、その理由を不幸な生い立ちや出来事、特殊な環境に求める傾向がある。一方で警察による捜査にフォーカスした作品は、実際の事件をモデルにしていても大幅に脚色されているものが多い。すると“一般的な”生活をおくる私たちは、シリアルキラーを題材とする作品をほぼフィクションのように感じる。自分やその周囲では起こり得ないものとして距離を置き、エンターテインメントとして楽しむことができるのだ。
『ダーマー』の新たな試みが被害者遺族を苦しめる
『ダーマー』もこれまでのシリアルキラーものと同じく、ジェフリー・ダーマーという人間がなぜ連続殺人を犯したのか、そこに至るまでの心理や経緯が描かれている。しかし本作が新しかったのは、加害者寄りでも警察寄りでもない、新しい視点を取り入れたことにある。それは被害者遺族や当時の近隣住民の視点だ。しかしそれこそが、遺族たちを苦しめている。
とりわけ裁判のシーンについて、犠牲者の1人、エロール・リンゼイの遺族が不快感と怒りを示している。リンゼイの姉リタ・イズベルが法廷で証言する場面では、当時の彼女とまったく同じ髪型、同じ服を着た俳優(ダショーン・バーンズ)が、声を荒げてダーマー(エヴァン・ピーターズ)に詰め寄った際の発言を一言一句違わず再現した。リンゼイのいとこであるエリック・ペリーはこれに不快感を顕にし、「何度も何度もトラウマを追体験することになるが、なんのために? この事件を扱った映画やテレビ番組、ドキュメンタリーがいくつ必要なのか」とSNSに投稿した。またリタ本人もInsiderにエッセイを発表し、そのなかで「もしよく知らなければ、彼女を自分だと思ったかもしれない」「あのときの気持ちに引き戻された」としている。これまで多く作られてきた加害者への同情を集めるような作品とは、また違った痛みを遺族に与えているのは間違いない。