『ハウス・オブ・ザ・ドラゴン』レイニラも悪へ転落? 原作小説とは異なるレーナーの結末

※本稿には『ハウス・オブ・ザ・ドラゴン』第7話のネタバレを含みます

 『ハウス・オブ・ザ・ドラゴン』第7話は、今シーズン限りでショーランナーからの離脱が発表されているミゲル・サポチニクの最後の監督回だ。シリーズ開始前は『ゲーム・オブ・スローンズ』で見せてきた大規模戦闘シーンを担当するのかと思われたが、終わってみれば合戦演出には手を付けず、シリーズのもう1つの魅力といえる“暗”の映像美(それは視聴環境によって時に何も見えなくなる)を活かした宮廷群像劇を重厚に演出し、新境地に到達してみせた。本エピソード前半部のレーナ・ヴェラリオン(ナンナ・ブロンデル)の葬儀、そしてハイライトとなる広間での事件で見せるミザンスと視線のサスペンスは『ハウス・オブ・ザ・ドラゴン』における支柱とも言うべき演出プランであり、第4〜5話のクレア・キルナー監督によって結実していることを考えると(キルナーの方がミゲル・サポチニクより巧い)、ショーランナーとしても本懐を遂げたと言っていいのではないだろうか。

 ドリフトマークでレーナ・ヴェラリオンの葬儀が執り行われ、一族が一堂に会する。海岸で行われる葬儀後の会食はやがて日が陰り、夕暮れ時を過ぎると薄闇に包まれていく。この暗がりに紛れ、数年ぶりの再会となったレイニラ(エマ・ダーシー)とデイモン(マット・スミス)が逢瀬する。かつて2人だけのヴァリリア語で囁きあったレイニラは今や自身の想いをひた隠すような真似はせず、「あなたに捨てられて孤独だった」と思いの丈を告げる。エマ・ダーシーはミリー・オールコックに似ていないからこそ、レイニラが王位という務めのために自身を犠牲にし、その結果味わってきたであろう10年間の挫折と辛苦を観客に想起させる。そしてレーナの気高い死を目にし、思慮深さを得たデイモンはただ静かに彼女を受け入れるのだ。ジェイミー・ラニスター(ニコライ・コスター=ワルドー)の3倍のスピードで変化するデイモン・ターガリエンというキャラクターを、マット・スミスはエピソード毎で鮮やかに演じ分けている。

 第6話から登場するレイニラ、アリセント(オリヴィア・クック)の子供ら次世代のドラマも着々と進行中だ。顔と名前を一致させるのも一苦労だが(第8話ではさらにタイムジャンプし、リキャストされるという)、今回はヴィセーリス(パディ・コンシダイン)とアリセントの次男エイモンド(レオ・アシュトン)を覚えておくべきだろう。ターガリエン家の伝統では出生と同時にドラゴンの卵を与えられ、生涯を共にするとされているがこの少年は未だ伴侶となる竜を得ていなかった。彼は無謀にも主レーナを失った巨竜ヴァーガーに忍び寄り、ヴァリリア語でいなすと強引に乗りこなしてしまう。母の愛竜を奪われた他の子供たちがこれを許すはずもなく、彼らの喧嘩は子供ならではの残虐性を帯びていく。ついにはレイニラの長男ジェイス(レオ・ハート)を“落とし子”と侮辱する言葉をきっかけに、エイモンドは片目を切り裂かれてしまうのだ。

 ウェスタロスであっても子供たちが流血沙汰を起こすのは卒倒モノの出来事で、再び一族が集うドリフトマークの広間は修羅場と化す。同等の代償を求めるアリセントはレイニラの息子の片目も抉り取るべきだと主張し、ヴィセーリスの脇差であるヴァリリア鋼の短剣(そう、『ゲーム・オブ・スローンズ』にも登場するあのダガーだ)を奪い取るとレイニラに襲いかかる「皆の期待通り生きてきたわ。王国と一族と法を守ってきた。あなたは務めも犠牲も踏みにじってきた」。幼い頃から政略の駒として育てられ、自身を押し殺して育ってきたアリセントにとって、自分らしく生きようとするレイニラは許すことができない。オリヴィア・クックが精神崩壊するアリセントをド迫力で演じる一方、事態を制しようとするレイニラをエマ・ダーシーは受けの芝居で巧みに見せる。憎悪をあらわにする相手に対して怒りの炎で殲滅せんとするデナーリス( エミリア・クラーク)とは異なり、レイニラはドラマの主人公にはあまりに控え目かもしれないが、そこかしこで対立の声が激する今、時代に求められるキャラクターと言えるのではないか。レイニラはアリセントに向かって冷静に突きつける。「疲れたでしょうね。正義のマントの下に身を隠すのは。でも化けの皮がはがれた」。

関連記事