『沈黙のパレード』の挑戦的な演出　ミステリー作品の定型に収まらない描写の素晴らしさ

　このような凝った描き方は、通常の日本のTVのサスペンスドラマでは、なかなか実現しにくいものだ。なぜなら、視聴率を稼ぐことを意図し、他のチャンネルに変えられないようにしなければならない、とくに地上波のTV番組では、“いま何が起こっているか”を、視聴者に明快に提示する必要があると考えられているからである。だから、サスペンスドラマのなかで青春ドラマを描くようなことは、基本的には忌避されるのである。

　そう考えると、本作は贅沢に時間を使った挑戦的な演出ができているといえるだろう。それは、TV、映画シリーズを長く手がけてきた、脚本の福田靖、西谷弘監督だからこその仕事だったといえるのではないか。この二人が手がけた、映画版第1作、『容疑者Xの献身』（2008年）もまた、ポップで明快な印象が強いTVドラマ版を、物語や美術、撮影や演出の力で、ぐっと映画的で重厚なテイストに寄せたものとなっていた。

　これまでの映画版2作にも存在した重厚感は、もちろん本作の多くの場面で味わえる。大きな見どころは、北村一輝演じる刑事・草薙俊平が、ほとんど主役かと思うくらいに、スポットライトが当たる点である。

　本作で描かれる問題は、裁判において自白が重要視される慣例があるなかで、徹底的に黙秘を貫く被疑者に対して、警察の取り調べが機能しづらいということ。過去の重大事件で取り調べにかかわった草薙は、あきらかな犯人を有罪に導くことができなかったことで心の傷を抱え、自分の無力さにさいなまれている。そして、今回の事件でも、被害者遺族への共感が、彼の存在意義そのものを揺るがしていく。凶悪な人物を追いつめられない一方で、正直に生きている人たちが損をする……自分が、そのような不平等な世の中を構成する一員であることに、彼は苦悩するのである。

　そして、「血も涙もない」と、劇中で柴咲コウ演じる刑事・内海薫に指摘されていた湯川は、そんな草薙の苦しみを理解し、事件解決の先を、草薙に優しく委ねるという、非常に人間味ある姿を見せることになる。

　現実の日本社会においても、本作で村上淳が見事に演じていたふてぶてしい悪人のように、社会制度の盲点を突いて倫理を無視する人物が増えてきている印象がある。それらの人々は断罪されないばかりか、むしろ一部の人々から称賛の声を集める場合もある。その一方で、実直な態度で生きている人たちが割を食い、そういう生き方はバカバカしいと感じ始めた人も少なくないのではないか。

　本作で描かれる顛末は、まさにそのように実直な人の、社会へのささやかな反抗になっているとも思える。だからこそ、倫理観を持つ刑事が苦しむことになるのである。福山が演じる、湯川の優しく人間味ある姿は、そんな社会で、それでも実直に生きようとする人々にとって、心に沁みるものとして映るのかもしれない。

■公開情報
『沈黙のパレード』
全国東宝系にて公開中
出演：福山雅治、柴咲コウ、北村一輝、飯尾和樹、戸田菜穂、田口浩正、酒向芳、岡山天音、川床明日香、出口夏希、村上淳、吉田羊、檀れい、椎名桔平
原作：東野圭吾『沈黙のパレード』（文藝春秋刊）
脚本：福田靖
監督：西谷弘
音楽：菅野祐悟、福山雅治
主題歌：KOH+「ヒトツボシ」
製作：フジテレビジョン、アミューズ、文藝春秋、FNS27社
配給：東宝
©︎2022「沈黙のパレード」製作委員会
公式サイト：https://galileo-movie3.jp/
公式Twitter：＠galileo_movie
公式Instagram：@galileo_movie