長谷川博己と綾瀬はるかが“恋愛ではない”関係に 『はい、泳げません』が描く心の変化

実話と“トラウマに向き合う”フィクションのドラマとのハイブリッド

 本作の原作となるのは、ノンフィクション作家の高橋秀実による同名のエッセイ。つまりは、何と“実話もの”の映画でもあるのだ。原作にあった水泳に関してのハウツーや、ちょっとしたトリビアは映画でも踏襲されており、現実で問題なく泳げるという方にとっては「なるほど、泳げない方はそういう気持ちや苦しみを持っているのか」と新たな視点や学びも得られるだろう。

 そして、映画では「現実と向き合う」ドラマも付け加えられている。主人公は泳ぎ方を学ぶ過程で、元妻との過去や、現在の恋人であるシングルマザーとの未来についても思慮を巡らせる。そうした映画オリジナルのフィクション要素が強いためか、原作では本名で登場していた主人公やコーチは、映画では名前も含め架空の人物へと変更されている。 

 脚本も兼任した渡辺謙作監督は原作に魅了された上で、映画における主人公の動機に必然性を持たせることに注力し、「水泳教室に通わなくてはならない強迫観念をどう持たせるか」「泳げないことによる心の傷と、次は同じ轍を踏みたくないという強い意志が必要だった」とも語っている(※)。

 つまり、本作はクスクス笑えるコメディの裏に隠された、普遍的な“トラウマと向き合う物語”として、説得力を持たせるための工夫をしているのだ。しかも、主人公だけでなく、表向きには天真爛漫で朗らかなコーチでさえも、あるトラウマを抱えていることが明らかとなる。彼らの心の傷は深刻でもあり、どうやって未来を見据えていくのか、その心の変化を描くドラマも見どころになっているのだ。

 いわば、映画『はい、泳げません』は泳げない男の実話と、普遍的なトラウマに向き合うドラマというフィクションのハイブリッド。それらが違和感なく融合しており、クスクス笑いつつもちょっとしんみりとして、それでいて映画の後味は爽やかで前向きにもなれる。このバランスもまた魅力的なのだ。

 なお、長谷川博己は、「(主人公の)雄司という人間を通して、この映画を観る人たちが自分の人生と何かを照らし合わせてくださり、人生の回復の手助けになるような映画になればいいなと思います」と語っている(※)。人生ではどうしようもない悲劇も起きるし、そこから立ち直ることは容易ではない。だけど、主人公が泳ぎ方を学ぶ過程で現実と向き合い始めたように、似たような“きっかけ”をどこかで掴めるかもしれないという希望も得られるだろう。

 最後に余談だが、劇中には良い意味で現実離れした、映画という媒体ならではの“ギミック”がある。オープニングから「ええっ!?」と驚くとんでもない展開があるし、中盤にはスプリットスクリーン(画面の2分割)を活かしたハッとする演出がされている。実話を元としながら、こうしたフィクションならではの“逸脱”をしてくれるのも、また面白いのだ。

参照

※『はい、泳げません』プレス資料

■公開情報
『はい、泳げません』
全国公開中
出演:長谷川博己、綾瀬はるか、伊佐山ひろ子、広岡由里子、占部房子、上原奈美、小林薫、阿部純子、麻生久美子
監督・脚本:渡辺謙作
原作:高橋秀実『はい、泳げません』(新潮文庫刊)
主題歌:Little Glee Monster「magic!」「生きなくちゃ」(Sony Music Labels Inc.)
配給:東京テアトル、リトルモア
製作プロダクション:リトルモア
製作:東京テアトル、U-NEXT、ホリプロ、ヒラタオフィス、リトルモア
(c)2022「はい、泳げません」製作委員会

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