ウィル・スミスとクリス・ロックの「オスカー平手打ち事件」 経緯と処罰を時系列で検証

 アカデミー賞のテレビ生放送中に起きた“オスカー平手打ち事件”から12日後、映画芸術科学アカデミー(AMPAS)の理事会が4月8日に下した判断は、「ウィル・スミス氏の同アカデミー関連イベント出席を10年間禁ずる」だった。この処罰は重いのか軽いのか、それとも的外れなのか。(1)ウィル・スミス、(2)クリス・ロック、(3)アカデミー賞授賞式、(4)ハリウッドの反応の4つを軸に検証してみたい。

時系列のおさらい

第94回アカデミー賞授賞式の様子 (c)Kyusung Gong / A.M.P.A.S.

 アメリカ現地時間3月27日、ロサンゼルス・ハリウッドにあるドルビーシアターで第94回アカデミー賞授賞式が行われていた。事件の詳細を、LAタイムズが多数の目撃談と証言をもとにルポルタージュにしている。(*1)式典の中盤、長編ドキュメンタリー賞のプレゼンターとして登壇したコメディアンのクリス・ロックは、持ち前の“いじり芸”で会場前方の逆ひな壇に座っているセレブたちを標的にしていた。その中で、主演男優賞にノミネートされているウィル・スミスの妻、ジェイダ・ピンケット・スミスの髪型をからかった。「ジェイダ、『G.I.ジェーン2』を楽しみにしているよ」という口上は、1997年の映画を思い浮かべなくては理解できないインサイダージョークだ。これに腹を立てたウィル・スミスは壇上へ上がり、ロックに平手打ちを見舞った。その瞬間はアクシデントとも演出とも見分けることができなかったが、自席に戻ったスミスが2度も放送禁止用語を口にするのを聞いたところで、全員がこれは非常事態だと悟った。アメリカの生放送は数秒遅れで放送されるため、スミスの暴言は無音で放送されたが、大写しになった口元からはっきりと放送禁止用語が読み取れた。頬を張られたロックは「テレビ放送史上最高の夜だな」と反応するのが精一杯だった。その後、受賞者の『サマー・オブ・ソウル(あるいは、革命がテレビ放映されなかった時)』について、「(監督・プロデューサーのクエストラヴこと)アミール・トンプソンと4人の白人たち」と発言したが、プロデューサーの一人がインド系アメリカ人であったことから問題になっている。

 この直後、『ゴッドファーザー』3部作50周年記念を祝うコーナーの紹介で登壇したショーン・“ディディ”・コムズが、「ウィルとクリス、“ゴールド・パーティ(ジェイ・Zとビヨンセが主催するアフターパーティ)”でファミリーとして解決しよう。愛で乗り越えるんだ」とアドリブで語りかけている。これは、控室で着替えていた司会の3人の1人、ワンダ・サイクスが事態を知り、舞台袖にいたコムズを捕まえて「この場を盛り上げて!」と鼓舞したのだという。その時舞台裏では、「アリ(スミスは2001年の『ALI アリ』で主演男優賞にノミネートされている)に殴られたのにかすり傷ひとつなかったよ!」と笑いで受け流そうとするロックの姿が目撃されている。一方、会場では『ゴッドファーザー』のクリップが流れている間に、コムズとタイラー・ペリー、デンゼル・ワシントン、ブラッドリー・クーパーらがスミスの傍らに駆け寄り、平静を取り戻すようなだめていたという。

 会場を警備していたLAPD(ロサンゼルス市警)はロックに、「被害届を出すか?」と聞いている。それ次第では、スミスを取り押さえてドルビーシアターから強制的に退場させることができる。ロックは傷害罪での告訴を断念し、授賞式を放送したABCはLAPDの発表をSNSに掲示した。

 AMPASのドーン・ハドソンCEOとデヴィッド・ルービン会長は、舞台裏でロックの状況を確認すると、スミスのパブリシスト、AMPASの弁護士と会合を持ったという。その際に、AMPASの幹部はパブリシストを通じ、スミスに対しドルビーシアターからの退場を促したという。CMブレイクの間に、パブリシストがスミスにAMPASの意向を伝えたが、彼は「謝りたい」として、会場残留を望んだ。この時、AMPASの使者ではなく、スミス側のパブリシストを派遣したことが、後に問題視されている。

ウィル・スミス (c)Al Seib / A.M.P.A.S.

 授賞式の総合プロデューサーを務めたウィル・パッカーは、過去に『ストレイト・アウタ・コンプトン』(2015年)や『ジェイコブス・ラダー』(2020年)などの映画を製作。『ガールズ・トリップ』(2017年)には、司会を務めたレジーナ・ホールと共に、ジェイダ・ピンケット・スミスも出演している。つまり、プロデューサーと司会とジェイダは、旧知の仲だった。パッカーはABCのトーク番組に出演し、ことの次第を説明している。それによると、スミスに会場に残るよう懇願したのはパッカーで、「クリスもそれを望んでいる」と伝えたという。だが、ロックの側近はこの発言を否定している。パッカーは、もしもスミスが主演男優賞を受賞したら、オスカーが本当に求めているような感動の瞬間が訪れるはずだと考え、独断でスミスを慰留したとされている。そして、あの涙の受賞スピーチが行われた。

 授賞式後、アカデミー賞を主催する映画芸術科学アカデミーは、「いかなる暴力も容認することはできない」との声明を発表。

 ウィル・スミスの姿は、授賞式後の数時間目撃されていない。だが、夜半過ぎにアフターパーティの中でも最も盛り上がると言われている雑誌「Vanity Fair」のパーティに、妻のジェイダと3人の子どもたちを率いて登場。オスカー像を振り上げながらご機嫌で踊っている映像はVarietyなど映画業界誌のSNSでも報じられたが、現在はゴシップ誌の報道に残っているだけだ。(*2)

 翌日、午後になってようやくウィル・スミスの声明がInstagramで発表された。

 クリス・ロック、AMPAS、ABCの授賞式製作陣、出席者、視聴者、そして『ドリームプラン』の元となったウィリアムズ家の面々に謝罪している。

  3月30日、AMPASはスミスがアカデミーの行動規範に反したとして、正式に懲戒に向けた調査を開始したと発表。スミスは懲戒決定の先手を打ち、4月1日にAMPASからの脱会を表明している。

 4月8日、スティーヴン・スピルバーグ、エヴァ・デュヴァネイ、ウーピー・ゴールドバーグらを含むAMPASの臨時理事会が行われ、今後10年間アカデミー賞授賞式を含むすべての関連行事からスミスを追放することを決議した。声明には、「第94回アカデミー賞は、この1年間に素晴らしい活躍を遂げた人々を祝福するものでしたが、ステージ上でのスミス氏の受け入れがたい有害な行為によって、その瞬間は影を潜めてしまいました。(中略)我々は、異常な状況下において冷静さを保ったロック氏に深い感謝の意を表したいと思います。また、司会者、候補者、プレゼンター、受賞者の方々のテレビ生放送中の落ち着きと優雅さに感謝いたします」とある。

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