『スパイダーマン』20年の歴史に寄り添う3人の“MJ” その変換から考えるヒロイン像の変化

主人公と同等のスキルを持つヒロインとして描かれたグウェン・ステイシー

 ライミ版MJはこれまで述べてきた通り、軽薄な性格だけでなく衣類も肌着に近く、必要以上に薄くて露出が激しい(そしてその状態でいつも濡れさせられている)。彼女の映画の中での役割は、ヴィランに誘拐されることであり、金切り声の悲鳴をあげること、そしてそれ以外は複雑な恋愛をしてピーターの情緒を不安定にさせることのみで、彼女自身がキャラクターとして成長する余地はほぼ与えられていない。貧しく複雑な家庭の出身で、夢を抱いて都会に行くも、ウェイトレスの仕事に就くしかない。ついにブロードウェイ女優として成功するかと思いきや、すぐに酷評されてジャズバーの歌い子にまで転落する。何かしらのスキルなども与えられず、シリーズ全体を通して未来のない、惨めな人生を送る“かわいそう”なヒロインにされてしまったのだ。

 それに比べ、次の『アメイジング・スパイダーマン』のグウェン・ステイシーは幾分か改善されている。彼女はMJではないが、アンドリュー・ガーフィールド版ピーターにとっての“MJ”的存在であるので、並列に語らせていただきたい。

『アメイジング・スパイダーマン2』 (c) 2014 Columbia Pictures Industries, Inc. and LSC Film Corporation. All Rights Reserved. | MARVEL and all related character names: (c) & TM 2020 MARVEL.

 グウェンはライミ版にも登場しているが(演じているのはブライス・ダラス・ハワード)、やはりどこか軽薄な形で使い捨てられていた。それに比べ、マーク・ウェブ監督による『アメイジング・スパイダーマン』でエマ・ストーン演じるグウェンは、まずピーター(アンドリュー・ガーフィールド)と同じように頭が良い、天才という設定だ。オズコープ社でインターンをする彼女には、ピーターに科学者として助言をするというスキルもある。実際、1作目ではピーターがリザード(リス・エヴァンス)を元の姿に戻すための血清を手に入れるためにグウェンを頼り、彼女はこれに果敢に挑んで成功させる。その間にリザードと対峙するも、悲鳴も上げずに瞬時に状況を把握して火炎放射器でいなした。この時点で、誘拐され、悲鳴を上げ続けてヒーローに守られるためだけに存在するヒロインとは大きな違いがあるのだ。そして何より、ピーターが心の支えを必要とした時、常に彼の側にいてあげている印象がある。彼女から、彼を愛している気持ちがちゃんと伝わるのだ。それに、ストーンの地に足のついたキャラクター表現も、グウェンの魅力の後押しをしていたことは確かである。

 それでも、残念なことに彼女は『アメイジング・スパイダーマン2』で“フリッジング”されてしまった。フリッジングとは、アメコミにおいてヒロインが男性ヒーローの成長または動機づけのためだけに悲惨な目に遭い、殺されてしまうことを意味する。『グリーン・ランタン』(1994年)のコミックでヒロインがヴィランに殺され、その死体が冷蔵庫に入れられていたことに因んだ言葉だ。このグウェンの死は原作コミックの再現であるといえばそうだが、やはりアメコミ映画におけるヒロインの不当な扱いの一つだった。

MCU版MJの持つ、等身大な魅力

『スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム』(c) 2019 Columbia Pictures Industries, Inc. All Rights Reserved. | MARVEL and all related character names: (c) & TM 2020 MARVEL.

 そして、たどり着いたのがMCU版『スパイダーマン』のMJことミシェル・ジョーンズ(ゼンデイヤ)である。ここまで述べてきたMJ、そしてグウェンを考えれば明白であるが、彼女はこれまでのMJ像を一新するかのような革新的なキャラクターだ。まず、ピーター(トム・ホランド)以外に誰かと付き合っているわけでもなければ、ピーター以外に浮気をしたり移り気になったりすることもない。誘拐され、悲鳴をあげるどころか『スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム』では、ハッピー(ジョン・ファヴロー)よりも勇敢にドローンに殴りこむし、ピーターの心配をして駆けつけようとする。そしてグウェンと同じように頭が良くて、MITに合格するスキルを持っている。

『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』(c)2021 CTMG. (c)& TM 2021 MARVEL. All Rights Reserved.

 そしてゼンデイヤの表現するMJの良さは、実際にその辺にいそうな、地に足のついた現代の高校生像であることだ。皮肉屋で、ダウナーで、ピーターとお互い意識し合っている時も良い気まずさがあったり、お互いのファーストキスにも初々しさがあって、等身大の高校生ヒロインを体現しているのがすごく良い。基本的にポーカーフェイスで感情の読めない彼女が、シリーズを通して表情豊かになっていき、年相応の不安や喜びを表すごとに愛着が湧くのである。つまりこれまでのMJと違って、より観客が感情移入できる、身近に感じられるキャラクターとして作られているのだ。また、歴代のMJとの最大の違いは「ピーターと私の世界」になるわけでもなく、彼の親友のネッド(ジェイコブ・バタロン)ともちゃんと関係性を築いていること。『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』では3人でルームシェアすることにもさほど抵抗を見せないのが印象的だった。なにより、スパイダーマンの成長のために死なないどころか、『ノー・ウェイ・ホーム』のラストは彼に関する記憶を失うも、大学への進学や友達(ネッド)との関係性など、スパイダーマンが原因で“彼女の人生が損なわれる”ことが一切ないのである(本当に悲しいことに、ピーターという愛する人を失ってるけど……)。

『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』(c)2021 CTMG. (c)& TM 2021 MARVEL. All Rights Reserved.

 ケヴィン・ファイギはMCU版の『スパイダーマン』にMJというイニシャルを持つキャラクターを登場させると決めた時、「ミシェル・ジョーンズは、ひねりを加えたメリー・ジェーンというわけではない」と、コンベンションに登壇した際に公言していた。そう、ややこしいが彼女はイニシャルがそうなだけで、“MJ”であり“MJ”ではない。あくまで、これまでの『スパイダーマン』のヒロイン像を、現代の価値観に基づいて再イメージングされた存在なのである。

 こういったMJの変換だけでも、MCU版に至るまでヒーロー映画におけるヒロインの描かれ方に大きな進歩が感じられるが、『ノー・ウェイ・ホーム』はさらにもう一つ、大切な仕事をした。ガーフィールド演じるスパイダーマンに、MJを救わせたことである。これは彼の抱える最も大きな後悔とトラウマに対する贖罪として感動的なシーンであるが、それと同時に過去の作品におきた“フリッジング”を阻止したという文脈でも意味深いのである。これを経た今後のマーベル作品における、そしてヒーロー作品の女性の描かれ方は引き続き注目していきたい。

■公開情報
『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』
全国公開中
監督:ジョン・ワッツ
脚本:クリス・マッケナ、エリック・ソマーズ
製作:ケヴィン・ファイギ、エイミー・パスカル
出演:トム・ホランド、ゼンデイヤ、ベネディクト・カンバーバッチ、ジョン・ファヴロー、ジェイコブ・バタロン、マリサ・トメイ、アルフレッド・モリーナ、ウィレム・デフォー、ジェイミー・フォックス
配給:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント
原題:Spider-Man: No Way Home
(c)2021 CTMG. (c)& TM 2021 MARVEL. All Rights Reserved.
公式Twitter:https://twitter.com/spidermanfilmjp
公式Facebook:https://www.facebook.com/SpiderManJapan/
公式Instagram:https://www.instagram.com/spidermanfilm_jp/
公式TikTok:https://www.tiktok.com/@sonypicseiga

関連記事