CG技術の発展がもたらした動物映画の自由 『でっかくなっちゃった赤い子犬』までの歩み
今から20年ほど前、筆者がハリウッドで映画プロダクションのインターンをしていたころ、高齢のプロデューサーに「将来はどんなスタジオで働きたいのか」と質問されたことがある。動物が好きで、動物愛護のボランティアもしていた筆者は、「動物が出てくる映画を作るスタジオに行きたい」と答えた。
すると、「動物が好きなら、動物が出る映画の撮影現場に近づかない方がいい。お前は、何が起こっているのか知らないのだ」と言われた。
だが、ハリウッドには「(映画を)ヒットさせたかったら子供と動物を共演させろ」という定説があり、実際にキラーコンテンツのひとつだ。動物の映画は観ていて楽しいし、ほのぼのする。人間の子供と動物がバディのように意思疎通できる様子は、とても羨ましく感じる。
もちろん、子供と動物、特に動物に演技をさせることは一筋縄でいかないことは容易に想像できる。ところが、前述のプロデューサー曰く、動物もトレーナーも命を危険にさらしたり、時には命を落としたりするというのだ。
筆者は、撮影現場における動物たちの話を聞いてから、動物の映画をうがった目線で見るようになってしまった。しかし、ここ10年ほど動物の映画はリラックスした気分で鑑賞できる。多くの動物たちがCGで作られているからだ。
現在公開中の『でっかくなっちゃった赤い子犬 僕はクリフォード』も、フルCGの犬が活躍する作品のひとつだ。まるでできないことはないとでもいうかのように、画面の中を所狭しと動き回る大きな犬のクリフォードは、本物の犬では再現できなかった演技を見せてくれる。
思い返せば、CGの発展は、映画の中の動物たちをケアする歴史とともに歩んできたような気がする。今回は『でっかくなっちゃった赤い子犬 僕はクリフォード』を通して、動物映画とCGの発展について掘り下げていきたいと思う。
リアルに寄せすぎない造形
『でっかくなっちゃった赤い子犬 僕はクリフォード』は、アメリカの児童文学作家ノーマン・ブリッドウェルが1963年に発表した児童文学作品を原作とする作品。主役は、象並みに大きく、赤い犬のクリフォードだ。クリフォードは、心優しいエミリーに拾われるが、大きいことが原因でトラブルに巻き込まれてしまうのだ。
クリフォードは、とにかくでかい。それもそのはず、原作者のノーマンは、「馬のように乗りこなせる犬」が欲しくて、クリフォードを作ったのだから。しかし、犬と馬は違う。犬は全身で喜びを表現するし、子犬は想像もつかないような悪戯をする。尻尾を追いかけてクルクル回ったり、ドタンバタンとはしゃいだりする。大人しくしているのは寝ている時くらいだ。
子供が乗れるくらい大きな動物は『ネバーエンディング・ストーリー』のファルコンが有名だが、クリフォードはSFXのファルコンとは表現の自由度が違う。家の中を窮屈そうに移動し、外に出れば伸び伸びと歩く。時に大ジャンプを披露し、ダイナミックなボール遊びだってする。フルCGだからこその表現だし、CGであることがわかる「リアルに寄せすぎない造形」ゆえに、動物好きも安心して観ることができるのだ。
映画における動物の扱われ方とAHA
クリフォードはCGでなければ表現できなかったキャラクターであることは間違いないだろうが、芸術的な側面以外でも、積極的にCGの動物を使いたい理由がある。
動物が登場する映画のエンドクレジットに、「危害を受けた動物は一切いません(No Animals Were Harmed)」という免責文言があるのを見たことがある人は少なくないだろう。
これは、1877年に創設されたアメリカ人道協会(the American Humane Association/ American Humane 以下、AHA)と協力し、動物の取り扱いの基準を満たした作品にのみ表示されるものだ。具体的には、撮影が始まる前のプリプロダクション段階から映画作りに参加し、脚本を吟味して出演が予定されている動物の演技の程度を測したり、撮影が始まれば、撮影現場に監視員を配置し、安全性をアドバイスしたり、飼育を記録したりする。ここまで関与したものだけが、「危害を受けた動物は一切いません(No Animals Were Harmed)」の文言を得られるのであり、関与レベルによって文言は変化する。
AHAが映画とテレビの制作に関与し始めたのは、1925年。それまで、撮影現場で動物の命は恐ろしいまでに軽んじられてきた。いや、1925年以降だって、素晴らしい映像を撮るためなら動物(と人間)の命を危険に晒すことは珍しいことではなかったのだ。
もっとも古い映画における動物虐待は、1903年のトーマス・エジソンによる『ELECTROCUTING AN ELEPHANT』だろう。象のトプシーを電気ショックで殺す様子が撮影されている。
1959年のアカデミー賞11部門受賞作品である『ベン・ハー』は、撮影中に100頭近い馬が死亡したと語られているし、『ランボー』ではネズミが焼かれたり、壁に叩きつけられるなどして殺された。『ランボー』はAHAによって「Unacceptable(容認できず)」とされている。
子猫とパグの冒険を描いた『子猫物語』では、撮影中に20匹以上の子猫が死に、片方の足を引きずって歩く様子を撮影するために故意に脚を傷付けたとオーストラリアの新聞が伝えたし、『ホビット 思いがけない冒険』ですら27頭の羊や山羊が脱水や極度の疲労、溺水が原因で撮影中に死亡したとThe Hollywood Reporterが伝えている。これらは、ごく一部の例であり、2000年代に入ってもなお、映像業界における動物の扱いは議論されている。
しかし、AHAの介入と協力によりアニマルアクターの参加が厳しく管理されるからといって、動物が登場する映画を作らないという選択にはならない。それは冒頭でも書いた通り、動物と子供の作品がヒットするからだ。だから、CGにおける動物の表現は急速に発展した。