竹村夫妻は『カムカム』大阪編の屋台骨だった 数々の“反転”に込められた作り手たちの祈り

「あんた、大事にしたげよな。あの子のこと」
「うん」

 深い傷を抱え、生まれ育った岡山から大阪へとたったひとりで出てきたるい(深津絵里)が住み込みで働くことになった竹村クリーニング店。その経営者夫婦である和子(濱田マリ)と平助(村田雄浩)の静かな決意が、るいを柔らかく包む春の日差しのようだった。

 『カムカムエヴリバディ』(NHK総合)「るい 大阪編」は、この竹村夫妻が屋台骨と言っても過言ではないだろう。錠一郎(オダギリジョー)と出会い、恋に落ち、結婚を約束するも大きな苦難が襲いかかる。そんなるいを、平助と和子はいつでもそっと見守り、肩や背中、そして心をさすってくれた。涙をこらえるるいの前には、常に和子が作った素朴で温かな食事が並んでいた。

 夫婦漫才のような2人のやりとり、西山(笑福亭笑瓶)やてる子(春やすこ)を交えた“竹村新喜劇”が、るいを明るくしてくれた。るいが錠一郎のもとへと走り出すとき、同じ画面の中にアイロンをかける平助と、洗濯物を運ぶ和子の「ルーティーン」があった。竹村夫妻が作り出す、穏やかでゆるぎない日常という「基盤」が、波乱万丈なるいの日々を支えてくれた。

 しかし、コメディリリーフとして重要な役割を果たしていた竹村夫妻の、こののびやかな明るさも、戦争と地続きにあることを思わされる。いちばん輝いていたはずの娘時代に着たい服も着れず、食べたいものも食べれなかった和子が、給料を全部貯金するというるいに、もっと青春を謳歌してほしいと、いつになく声を荒らげる。口にこそしないが、たくさんの苦しみを乗り越えて今の2人があったのだろう。それが、夫妻の「他者を慮る優しさ」ににじみ出ている。2人で冗談を言い、笑い合って、いろんなことを乗り越えてきたに違いない。

 竹村夫妻の存在は、かつて安子(上白石萌音)が幼いるいと2人で大阪に出るなり、大家のくま(若井みどり)に言われた「誰も助けてくれへんで」という台詞の、言ってみれば「反転」だ。別稿(『カムカムエヴリバディ』は数々の“再演”が形作る るいを導く安子たちから受け継いだもの)でも書いたが、このドラマでは数々の「再演」が登場する。そして「反転」が生じる。たとえ安子と似たようなことがるいに起こっても、るいは周りの助けと自分自身の決意で、安子と同じ悲劇を繰り返さない。そこにこそ、希望がある。

 第12週(1963-1964)から第13週(1964-1965)にかけて、トランペットを吹けなくなった錠一郎のアイデンティティの崩壊と、2人でひなたの道を歩いていく決意をするるいの姿が描かれた。錠一郎から「お前とはもう終わりや」と言い渡され、6歳のるいが安子に言った「I hate you」の“意趣返し”ともいうべき「再演」が起こったが、るいは錠一郎とともに幸せになることを諦めないと、心に決めた。そしてその陰には、誰あろう竹村夫妻、そしてトミー(早乙女太一)、ベリー(市川実日子)、小暮(近藤芳正)らの助けがあった。「現実はそんなに甘くない」と見る向きもあるやもしれない。しかしこれは、「人と人の優しさが作用しあって、過去より今のほうが少しでも幸せになれたら」という、このドラマの作り手の「祈り」ではないだろうか。

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