『キングスマン:ファースト・エージェント』が達した新境地 戦争映画として確かな重厚感

 いわゆる“シリーズ3作目の呪い”、というものはあると思っている。1作目が最高に面白くて、2作目は期待していたより実はまあまあな印象。だから3作目は最初から期待されなかったり、微妙という先入観を抱かれたりしやすい。1作目が良かった映画ほど、その後に続く作品の失速具合が目立つのは仕方ないことだろう。しかし、中にはその呪いを振り払い、むしろ3作目にしてシリーズの最高傑作になる作品もある。『キングスマン:ファースト・エージェント』がそうだ。

※本稿には『キングスマン:ファースト・エージェント』のネタバレが含まれています。

3作目にしてたどり着いた、新たなアプローチ

 『キングスマン:ファースト・エージェント』は、これまでの『キングスマン』シリーズの前日譚にあたる物語。レイフ・ファインズ演じるオーランド・オックスフォード公爵が、彼の仲間といかにしてキングスマンを立ち上げたのか、その背景が描かれている。

 まず、本作がこれまでの『キングスマン』シリーズと一線を画している点は、第一次世界大戦の始まりと収束を描いた立派な戦争映画として成り立っていることだ。実はかなり史実に基づきながら、世界史を習ったことがある人ならピンとくるあの人や出来事が次々に登場していくのは面白い。例えば、当時のロシア皇帝ニコライ2世の側近であった怪僧グレゴリー・ラスプーチン。彼はその容姿や奇怪な逸話が多くあることから、興味深い(そして誰も真相は知り得ない)歴史上の人物としてフィクションの世界にも悪役として登場することが多い。余談になるが、筆者の幼少期の記憶に鮮明に残っているのは、20世紀フォックス製作のアニメ映画『アナスタシア』(1997年)でのラスプーチンである。禍々しさとダークファンタジーなアニメーションがたまらない1作なので、ラスプーチンに興味を持った方は是非観てほしい。

 閑話休題。『ファースト・エージェント』でのラスプーチンを取り巻く描写も“ありえない”の連続で、我々に鮮烈な印象を与えた。毒を盛られても耐性があるから死なないし、剣で体を貫いても死なない。思わず笑ってしまうくらい人間離れしたヤバい奴として描かれた彼だが、実はこれらの描写も部分的に史実に則っているのだから、面白い。ラスプーチンは確かに実際、暗殺された。彼を殺したのはロシアの大貴族フェリックス・ユスポフで(本作にもコンラッドの従兄弟として登場する)、なんと彼の回顧録によればユスポフは青酸カリを盛ったプチフールというケーキを食べさせているのだ。しかし、それを食べてもラスプーチンは平然としていたという。その後、一悶着あってユスポフはラスプーチンに向かって発砲。しかし、何度倒れて死んだと思っても、起き上がったらしい。このやりとりが続き、最終的にラスプーチンは額を打たれてようやく事切れたとのことだ。これを聞くと、映画が決して“盛りすぎていない”ことがわかり、まさに“事実は小説よりも奇なり”だ。

 そんなふうに『ファースト・エージェント』は第一次世界大戦を描くうえで、エンターテインメント作品としてのアプローチがとにかく上手い。見せ方はスパイアクション映画なのに、しっかり史実に基づいているだけでなく、そこには確かな戦争映画としての重厚感もあり、まさに娯楽とのバランスがすごいのだ。そして、戦争映画的側面の“ノンフィクション”に近い悲痛さに説得力を持たせていたのは、前半に描かれた父と子の物語である。

 この映画は、大きく分けて3つのストーリーで構成されている。まずは「父と子の絆を描いたドラマ」。目の前で母親を亡くしたオックスフォードが、自分の手の届かない場所には行かせないほど息子のコンラッド(ハリス・ディキンソン)を過保護に育ててきた様子が強調して描かれる冒頭。しかし、18歳のコンラッドは自立したくて仕方ないし、「国に尽くす」ことを望んでいる。この時代の多くの青年がそうであったように、自分の命を捨ててまで国家に貢献することは“英雄的行い”で、そこに一つの自分の役目ないしはアイデンティティを抱いていたのかもしれない。特に思うのは、コンラッドは父親の保護のおかげで生まれてから一度も絶対危険な目に遭ったことがない。その温室育ちが仇となり、平民なら理解していた徴兵されることの意味(知人の死の通達が近所を駆け巡っていたはず)、その本当の恐怖を知らなかったのだろう。むしろ「父から独立し、自分自身で何かを成し遂げたい」というフラストレーションの矛先になってしまったかのように思える。ただ、我々はオックスフォードが「戦争に行くことは死に行くことだ」と息子を止めるシーン付近で、一瞬カットインした戦場の光景――奮起した兵士たちが豪から飛び出し敵陣に向かっていくも、秒で発砲され全滅する様子――を観ているので、より彼の反対の気持ちと言葉に理解が深まるようになっている。

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