ハリウッドにも影響与えた9.11 衝撃作『モーリタニアン』が暴くアメリカ側の問題
2021年、アメリカ同時多発テロ事件、そして「テロとのグローバル戦争」の開始から20年が経過し、バイデン政権のもとアフガニスタンから米軍が撤退した。甚大な犠牲と影響をもたらした通称9.11そして対テロ戦争は、アメリカ映画にも大きな影響を与えたとされる。ハリウッドを代表する超大作も例外ではない。大まかな通説としては、スティーヴン・スピルバーグ監督作『宇宙戦争』(2005年)が「ポスト9.11のパニック映画」の雛形を形成したのち「テロリズムの寓話」と評された『ダークナイト』(2008年)、そしてアフガニスタンから始まる『アイアンマン』(2008年)がつづき、ニューヨークを舞台に「9.11後の復讐ファンタジー」とも受け止められた『アベンジャーズ』(2012年)をもってスーパーヒーロー時代がかたちづくられた。諸説あれ、多くが賛同するところ、そしてイラク戦争とプロパガンダを下敷きとした『ハンガー・ゲーム』シリーズ(2012〜2015年)といったヒット作が示すのは、勧善懲悪にもとづく「アメリカの正義」への信頼がフィクションにおいても低下したことだろう。
一方、9.11と対テロ事件の莫大な影響が語られながらも、これらを真正面から描いた映画は少ないとも言われる。要因として、センシティブな事柄であること、商業的成果を出しにくいことが挙げられるが、2016年、The Wrapの取材に答えたスタジオ幹部は「9.11の暴力にまつわる問題はあまりに複雑」であり「9.11を引き起こしたものはいまだ終止符が打たれておらず、悪化している向きすらある」旨を指摘している。その複雑さは、特殊部隊によるビン・ラディン殺害を描いた映画『ゼロ・ダーク・サーティ』(2012年)の描写を批判する書簡が米上院議員から提出された件にも表れているだろう。
しかしながら、20年の節目が近づくにつれて、対テロ戦争におけるアメリカ側の問題を主軸とする実話ベース映画がつづいている。アダム・ドライバー主演『ザ・レポート』(2019年)そしてこのたび劇場公開される『モーリタニアン 黒塗りの記録』(2021年)だ。実は、この2作どちらも「アメリカの正義」を揺るがした問題にフォーカスしている。
2021年10月29日に日本公開される『モーリタニアン 黒塗りの記録』は、モハメドゥ・ウルド・スラヒの手記『Guantanamo Diary』(2015年)をベースとしている。このベストセラーは、9.11後に米軍がアルカイダ幹部やテロの容疑者とした人々を収容したグアンタナモ湾収容所の中で執筆されたものだ。
映画の始まりは2005年。弁護士のナンシー・ホランダー(ジョディ・フォスター)は、グアンタナモ収容所が法や条約に反する「不当な拘禁」を行っているとして、原作者である被拘束者スラヒ(タハール・ラヒム)の弁護を引き受ける。一方、米政府はスラヒの死刑を望み、9.11で友人を亡くしたスチュアート中佐(ベネディクト・カンバーバッチ)が起訴に燃える。情報請求しようと黒塗りの書類ばかり送られるホランダー弁護士は不利な立場となるわけだが、それに加えて、手紙を含めたスラヒの証言郡は、どうも釈然としない……。
フォレスト・ウィテカーがアカデミー主演男優賞を受賞した『ラストキング・オブ・スコットランド』で知られるケヴィン・マクドナルドが監督した『モーリタニアン 黒塗りの記録』は、王道なつくりの法ドラマであり、ミステリとしての見応えも確保している。まず、ホランダーが弁護するスラヒは、ある種の「信用できない語り手」なのだ。9.11首謀者の容疑をかけられている彼は冤罪なのか? であるなら、なぜ口を閉ざすのか? 収容所でいったい何があったのか?……本作は、国際社会に大きな議論を巻き起こし「アメリカの正義」を大きく揺らがしたある問題をミステリ構造に落とし込むことで、緊迫感あるドラマを形成してみせている。それゆえ、観客としては対テロ戦争にまつわる知識を持たなくとも入り込みやすく、それらに関する知見を深められる映画としても薦められる。